北一輝『國體論及び純正社會主義』復刻及ビ附註 15.第壹編。社會主義の經濟的正義 。第一章ノ3。



北一輝『國體論及び純正社會主義』明治三十九年公刊五日後発禁。

以下復刻シ附註ス。



貧困の

原因

經濟學者はこの解釋として近世文明の機械工業の結果なりといふを以てせり、吾人社會主義者も亦然かく[※しかく]信ずるものなり。而しながら若し此の問に對して、斯く答へられて吾人が滿足し得るならば、實に甚しき奇怪なりと云ふべし。鐡道は地球の周圍を六十回し月までの距離の二倍に達せりといふ。而も[※しかも]人類の多くは其の生れたる地方に植物の如く定着して遊行の自由だも無きなり。ウォターべリ會社[※註1]の懐中時計は僅かに一個五分間を以て完成せらるといふにあらずや。而かも農夫にして此の必要品の一個を夢むならば贅澤なりとせらる。アダム、スミス[※註2]が分業の利を說くに引例せし留針の製造に於て彼の[※かの]當時分業の結果十人にて一日四萬八千個を作るとして驚歎されしもの、今日は僅かに一個の器械にて一分間に百八十個を製し單に三人の監督者は七十個の器械を運用して一日七百五十萬個を容易に製出すといふ。農業につきて見るも。僅かに八馬力の蒸氣脱穀器は八十人の農夫に休息を與うべく、蒸氣犁[※すき。田畑耕ス産業革命前ノ用具]は一日に五六町歩を耕やし、風力、水力、蒸氣力によるポンプは一時に數百町歩を灌漑するを得べし。嘗て八十年前に五百人の强壮なる男子勞働者が終日の勞働を要したるもの、今は一人の監督者だにあらば一個の器械にて足るといふにあらずや。一八八七年の古き統計によるも、世界諸国の蒸氣力のみを合してなお全世界の人口即ち十億人の勞働に匹敵すと云ひ、イリー[※註3]の言によれば亞典[※アテネ]全盛の時[※註4]すら一家十人の奴隷を有するもの僅少なる富豪なりしに、今日吾人は一家六十人の奴隷を有する割合の機械の発明なりと云ふにあらずや。——この近世文明の機械工業は何を意味するぞ。斯る農具の發明あるに係らず、可憐の童幼の時より弓腰の老衰に至るまで案山子[※かかし]の如く泥土の中に其の生を送らざるべからずとせば意義なきことなり。全人類に匹敵すべき蒸氣力は全人類をして勞働の苦痛より脱せしむることに於て始めて理由あるべし。希臘[※ギリシャ]の自由民が十人の奴隷によりて其の燦爛たる文化の階級を作り上げしならば、其れに六倍せる機械の勞働力を有する吾人は人類種屬という階級を擧りてギリシャ自由民の如く精神的活動に入るべき理にあらずや。機械が發明さるゝならば、其の發明されたるだけ社會より貧困を驅逐すべく、近世機械工業の爲めに社會大多數が貧困に陥れりとは實に八に五を加へて三となると云ふが如き顛倒せる答案なり。勞働の苦痛に代るべきものが機械ならば、機城の發明によりて勞働者は其の苦痛の時間を減少さるべく、然るに減少は勞働時間の上に來らずして勞働者の數の上に落下し、絶間なき失業者を産む。失業者は更に新たなる機械によりて需要さるゝまで食ふべき勞働の途なきなり。而して其の辛して[※かろうじて]途を得たるものと謂も、休まず眠らざる機械と共に終日終夜を勞働に過ごして不靈の自働機械と化し去る。物質的生活の資料を供給すべき機械は却て[※かえって]勞働者の維持し來れる物質的資料を奪ひ、精神的生活に入るべき閑暇を與へずして却て機械の周圍に勞働者を精神なき動物として繫ぐに至れり。——貧困の原因は茲[※ここ]に求めよ。是れ

機械工

業の結

果にあ

らず

機械工業の罪に非ず、近世文明の與り[※あずかり]知らざる所なり。原因は茲に存す。——即ち經濟的貴族國の故なればなり。經濟的君主經濟的貴族の秩序的掠奪あればなり。

[註1。

ウォーターバリー即チWaterburyハアメリカ合衆国コネチカット州。《1674年 31家族が入植したのが始りで,18世紀後半には職人による手作り時計の産地となった。 19世紀以降近代工業化が進行し,現在アメリカ合衆国における真鍮製造の中心地。》以上ブリタニカ国際大百科事典。]

[註2。

アダム・スミス即チAdam Smithハ生年1723年6月5日没年1790年7月17日イギリスノ哲学、倫理学、経済学者。『道徳感情論The Theory of Moral Sentiments』是1759年出版乃至『国富論An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations』是1776年出版等著ス。

石川暎作即チいしかわえいさく生年1858年(安政5年、皇紀2518年)4月20日是旧暦(6月1日)没年1886年(明治19年、皇紀2546年)4月27日)是ヲ和訳ス。

『富国論第1巻』 経済学講習会1884年(明治17年、皇紀2544年)6月

『富国論第2巻』 同1885年(明治18年、皇紀2545年)5月

『富国論覧要 上巻』 同1885年(明治18年、皇紀2545年)6月

『富国論第3巻』 同1888年(明治21年、皇紀2548年)4月

『富国論覧要 下巻』同1886年(明治19年、皇紀2546年)12月]

[註3。

未詳。山内正瞭解説ノ『イリー氏経済学概論上』同文館1905年(明治38年、皇紀2565年)リチヤド・チー・イリーノ名見ユ。是『世界経済叢書』第8冊目也。

山内正瞭ノ著作『社会經濟學原理』第1部山内正瞭講述。是中央大学出版年未詳

『殖民論 : 全』金刺芳流堂 1905年(明治38年、皇紀2565年)

 『殖民論』宝文館1911年(明治44年、皇紀2571年)]

[註4。

ミケーネ文明ヲ代表スル。

又、後ニソロン即チΣόλων紀元前639年頃ノ生、紀元前559年頃ノ没ニ端ヲ発ス民主制ハ都市国家自由市民ニ於ル直接民主制也。是全人口約三割ノ成人男性市民ニ限定シ外国人(是メトイコイΜέτοικοςト謂フ)、奴隷、女性参政権無シト傳フ。

クレイステネス即チΚλεισθένης是紀元前6世紀後半生、紀元前5世紀前半没ニ依リ所謂五百人評議会即チἡ βουλή οἱ πεντακόσιοι設置。アゴラ即チἈγοράニ於ル民会即チέκκλησία是自由市民会議ヲ補佐ス。又民会ノ他、アレオパゴス会議即チΆρειος Πάγος是所謂元老院ノ如キ貴族院在リ。]


實に今日の所謂大資本家といひ大地主といふ者は單一なる富豪にあらず国家の經濟的源泉を私有して殺活與奪の自由あることに於て全き

經濟的

貴族國

意義の大小名なり。北米の富豪の如きは廣大なる領土を有し幾万[※儘]の賃金奴隷を殺活するの自由なることに於て、恰も[あたかも]ルヰ十四世[※註1]の如き主權の本體たる家長君主なり。幾多の實業雜誌と稱せられるゝ黄金宗の宗教時報とも稱せらるべきものを開きて巻頭に載せられたる其の御眞影を見よ。石油王某、鉱山王某、製鐡王某、某々の銀行某、某々の石炭王。斯る尊号は決して比喩において用ひらるゝに非ず、彼等は實に王位の尊嚴と權力とを有するものなればなり。――否、現今世に存する近代國家の國家機關たる君主らは殺活與奪の権を有する彼等に比するならば誠に無權力なるものに過ぎず。獨立戰爭によりて英王の苛政より脱せるワシントンの子孫[※註2]は國土及び人民を君主の財産として所有せる時代の絶對無限權の家長君主等を奉戴してその下に奴隷として呼吸しつゝあるなり。佛蘭西革命の名に於て皇帝と貴族の手より土地を奪ひて自由平等を呼びたる全歐州は、斯る新國王と新貴族とに一切の經濟的源泉を掠奪せられて再び革命以前に逆倒せり。我が日本に於ても然り、往年の貴族は其の國土を國家に返還せしめられたるに、更に國家の經濟的源泉を掠奪して私有せる新たなる大小名は生じつゝ始まれり[※註2]。今日日本皇帝と雖も國家の領土を掠奪し國家の臣民を殺活すべき權利なし、國土及び人民は天皇の私有地にあらず天皇の經濟物たる奴隷にあらず。然るに普天[※ふてん。普き空]の下地主の王土にあらざるなく、率土の濱[※そっとのひん。地ノ果テノ海ニ到ル迄即チ地上総テ。是『詩経』ニ典拠。]資本家の王臣にあらざるなし。若し某々の王と稱せらるゝ經濟界の家長君主等にして其の帝王の名なく大名の稱なきが故に彼等の恐るべき權力を注意せざるならば、是れ南面して朕と稱せざる者は王にあらずと云へる王覇の辨[※『王覇ノ辨』ハ儒学用語。王道ト覇道ノ峻別ヲ謂フ。王道ハ仁愛統治ノ政道。覇道ハ武力制圧。『孟子』ニ典拠ス。統治の要諦即チようてい詰リ要ハ仁愛仁義ノ特性也ト謂フ。]なり。一切の政治的勢力は經濟的勢力なり、國土及び人民を所有せる經濟的勢力の上に立てる幕府時代の大小名を見て單に公債の所有者たる今の華族の如何に權力の皆無にして痕跡に過ぎざるかを見よ。然れば限られたる王室費によりて支えられる歐州諸國の君主よりも、土地と資本との經濟的家長君主の如何に優かに[※はるかに]强盛なる權力を有するかは想像せらるべし。一年の収入八千五百万圓のロシア皇帝の經濟的勢力は其の政治的勢力をして專制ならしむる所以なりと雖も、二億八千六百万圓のロックフエラー第一世[※註3]が人類の咽喉に對して直接の權力あるに如かざるべく。又土耳古[※トルコ]皇帝が如何に東洋の暴君なりとも[※註4]、其の収入が二千万圓に過ぎざる間は、それに二倍して尚餘りある、カーネギー戰勝王[原ルビ戰勝王ニ《ゼ、コンクエラー》在リ][※註5]が叡聖[※えいせい。賢明ニシテ有徳。主ニ天子称賛ス語句也。]文武にましまさゞる時より以上の權力を振ふこと能はず。獨逸[※ドイツ]皇帝[※註6]が如何に實質なき神聖羅馬[※ローマ]皇帝の虚名を襲踏せんがために帝國主義を主張すとも、その歳入が一千八百万圓のラッセルゼーヂ陛下[※註7]の三分の一の其れに過ぎざる間は三分の一の算盤において權力を得べし。――全社會の貧困は斯る經濟的君主經濟的諸侯の掠奪あればなり。彼の[※かの]大小名に代りて再び大小名となりし地主の下に於る土百姓[※此ノ語ニ原ルビ《サーフ》]は、國家に對して多くの權利なき代りに大小名に對して無限服従の義務あり。地代借地料と稱せられたる苛重なる年貢租税を奉納し、少しく[※すこしく]滞納し御意に逆ふ[※逆らう]ことあらんか、土地の取上げとなり御所佛ひとなる。彼等は『百姓は死なぬやう生きぬやう冶むべきこと』と定められたる幕府の貴族政治の如く、新たなる貴族の下に蜜蜂の如く働き、働きて得たる凡ての蜂蜜を地代なる名に於て悉く取り上げらる。而して彼等は地主の前に凡ての獨立を失ひて土百姓[原ルビ《サーフ》]の如く土下坐せざるべからず。大阪の大資本家等が坐して地方の土地を占め最も冷酷なる代官をして誅求[※ちゅうきゅう。厳シイ取立テ。苛斂誅求即チかれんちゅうきゅう。]収斂[※しゅうれん。集合、収拾、相似化、収束等。]を逞ふせるは實に将軍家直轄の御領地なり。彼等は地方の地主が舊慣等に制限せられて契約をなすに反してリカードの地代則[※註8]そのまゝに於てし、土地の騰貴に伴ふ地代の増加を以て契約を繼續する能はさるを待ち猶豫予なく土地を取り上げて御所払いをなす。御所佛ひとは旧幕時代のことにして居住の自由を剥奪することにあらずや。斯る權力は平等の國民にあらず、單一なる地主にあらず、事實上の疑ひなき貴族國の君主なり。

[註1。

佛王ルイ14世即チLouis XIVハ1638年9月5日ニ生、1715年9月1日没ノブルボン朝即チdynastie des Bourbons第3代国王ニシテ太陽王即チRoi-Soleilト呼バル。自1643年5月14日至1715年9月1日迄在位ス。

ブルボン朝ハアンリ4世アンリ即チHenri IVノ1589年–1610年自リ、ルイ16世即チLouis XVIノ在位自1774年至1792年ノ1789年7月14日バスティーユ牢獄襲撃prise de la Bastille ニ端ヲ発ス所謂フランス革命Révolution françaiseノ1792年王権停止。1793年1月21日午前10時22分革命広場是現コンコルド広場Place de la Concordeニ斬首刑。当該一連ノ革命ニ伴ヒフランスハ資本主義ニ移行。

王党派即チ正統王朝主義者Légitimisteニ依リ王政復古以後ルイ17世即位事実ノ名目ノミ与ヘラレ其ノ在位ハ1793年1月21日自リ1795年6月8日迄。

ルイ17世ハ8月10日事件Journée du 10 août 1792乃至テュイルリー宮殿襲撃Prise des Tuileriesノ1792年8月10日以降タンプル塔Tour du Temple是現存セズニ幽閉サレ其処ニ死去。

1814年ナポレオン没落後1830年七月王政(オルレアン家Maison d'Orléans王朝、是1830年7月29日7月革命後1848年2月24日2月革命迄也。)迄至ル所謂復古王政Restaurationニルイ18世ノ1814年自リシャルル10世1830年迄。]

[註2。

ジョージ・ワシントンGeorge Washingtonハ生年1732年2月22日没年1799年12月14日ノ米國初代大統領。

レキシントン・コンコードノ戦ヒBattles of Lexington and Concord即チ1775年4月19日勃発ニ端ヲ発ス米独立戦争American War of Independenceハ殖民地支配宗主國イギリスニ対ス戦闘也。

アメリカ独立宣言United States Declaration of Independenceハ1776年7月4日。

福澤諭吉チ1835年(天保5年、皇紀2495年)12月12日是旧暦(1月10日)生ノ1901年(明治34年、皇紀2561年)2月3日ノ没ノ教育、啓蒙家是ヲ和訳シ題シ千七百七十六年第七月四日亜米利加十三州独立ノ檄文。以下ノ如シ。

天ノ人ヲ生スルハ、億兆皆同一轍ニテ之ニ附與スルニ動カス可カラサルノ通義ヲ以テス。即チ通義トハ人ノ自カラ生命ヲ保シ自由ヲ求メ幸福ヲ祈ルノ類ニテ他ヨリ如何トモス可ラサルモノナリ。人間ニ政府ヲ立ル所以ハ、此通義ヲ固クスルタメノ趣旨ニテ、政府タランモノハ其臣民ニ満足ヲ得セシメ初テ眞ニ権威アルト云フヘシ。政府ノ処置此趣旨ニ戻ルトキハ、則チ之ヲ変革シ、或ハ倒シテ更ニ此大趣旨ニ基キ人ノ安全幸福ヲ保ツヘキ新政府ヲ立ルモ亦人民ノ通義ナリ。是レ余輩ノ弁論ヲ俟タスシテ明了ナルヘシ

引用以上。

福澤ハ1860年(万延元年、皇紀2520年)及ビ1867年(慶応3年、皇紀2527年)渡米経験在リ。是幕府命ジタル所也。]

[註3。

ジョン・デイヴィソン・ロックフェラー・シニア即チJohn Davison Rockefeller, Srハ生年1839年7月8日ノ没年1937年5月23日。

米國ノ所謂石油王。1870年1月10日スタンダード・オイル社Standard Oil Company設立。祖先ハフランス系移民ト謂フ。

[註4。

オスマン帝国乃至オスマン朝ハ自1299年至1922年。

17世紀ノ領土最大期ニハ、アルジェリアカライタリアニ至他ヌ迄ノ地中沿岸、及ビ黒海ノ沿岸、紅海沿岸ノ殆ドヲ領有ス。

ギリシャ独立戦争即チΕλληνική Επανάσταση του 1821ハギリシャ独立ヲ求ム結社フィリキ・エテリア即チΦιλική Εταιρείαノ指揮官ニシテ帝政ロシア軍人ナルコンチノープル出身ノアレクサンドル・イプシランティ即チАлександр Константинович Ипсиланти是露語、Αλέξανδρος Υψηλάντης是希語、Alexander Ypsilantis、乃至Ypsilanti、或ハAlexandros Ypsilantis是英語表記ハ生年1792年12月12日没年1828年1月31日ノヤシ乃至ヤッシーニ蜂スル起ニ端ヲ発ス。是1821年3月6日。ヤシ乃至ヤッシーハ現在ルーマニア都市。ルーマニア語ニIași、ハンガリー語ニJászvásár。

1832年コンスタンティノープル条約ニ独立認メラル。]

[註5。

アンドリュー・カーネギー即チAndrew Carnegieハ1835年11月25日スコットランド生、1848年米国移民、1919年8月11日ニ没。所謂鉄鋼王。]

[註6。

神聖ローマ帝国即チHeiliges Römisches Reichハオットー1世即チOtto I.是生年912年11月23日没年973年5月7日ニシテ在自936年至973年在位ノ即位カラ、所謂フランス革命及ビアウステルリッツノ戦ヒBataille d'Austerlitz是仏語、Schlacht von Austerlitz是独語1805年12月2日経テ、フランツ2世即チFranz II.生年1768年2月12日没年1835年3月2日ノ退位宣言1806年8月6日ニ依ル消滅迄。

フランツ・ヨーゼフ・ハイドン即チFranz Joseph Haydn是1732年3月31日生、1809年5月31日没ノ『神よ、皇帝フランツを守り給えGott erhalte Franz den Kaiser』ノ《Kaiser》ハ此ノフランツ2世也。]

[註7。

ラッセル・セージ乃至セイジハ即チRussell Sage ハ1816年4月4日生、1906年7月22日没ノ米國金融資本家。]

[註8。

デヴィッド・リカード即チDavid Ricardoハ生年1772年4月19日没年1823年9月11日ノ英國経済学者也。

地代ハ農業地代ニシテ農業経営者ノ土地所有者ニ払フ借地料。絶対地代ハ土地本来其ノ物ノ価値即チ痩セタ土地ノ土地ガ土地ナルガ故ノミニ有ス価値ニシテ、差額地代ハ相対的ニ肥沃ナル土地ノ絶対化価値ニ対シ差額在ル価値。]

否! 彼らは只に事實上の貴族なるのみならず、大名たるの榮譽と權力に伴ふべき尊號を有す。『殿様』といひ『御前』と呼ばれ、其邸宅は舊大名の跡に構へられて『御屋敷』と稱せらる。彼の資本家なるものに至りては工場と名くる[※名附くる]城廓を築き、學者と政治家とを家老とし、無數の年俸奴隷月給奴隷を武士となし足輕として其の範圍内に號令し他の經濟的君主と混戰しつゝあり。彼等の街頭に馬車を驅るや大名の御通りの如く考弱男女を追ひ散らして行く。彼等大小名は今や全く當年の馬鹿大名となり、忠勤と私利と相半ばする家臣等の畫策[※画策]によって、その尊榮と安全を維持しつつあり。利子と名け[※名附け]利潤と稱せられるゝ租税は、家臣等の忠勤によりて大名の馬鹿をして更に馬鹿たらしむべく、大名の知らざる方法を以て知らざる間に河の如く流れ込み山の如く積む。而して四圍の迎合阿諛[※げいごうあゆ。阿諛迎合。上位者ニ媚ビ諂ヒ迎合ス]のために馬鹿大名が『身共[※みども。武家用語。尊大ニ目下ニ云フ所ノ私、我。]』の身體は特別の構造を有すと考へたる如く、彼等は彼等自身を國民と同胞なりと考ふることに於て貴族たる面目を汚すかの如く感ず。舊大名が道樂半ばに御仁政を敷きて快を取りしことのありしが如く、彼等に於ても慈善なる名に於て天下を欺かんと試みること無きにあらず。而しながら彼等黄金大名に於ては黄金によりてのみ其の權勢を維持し得る大名なり。彼等にして黄金の一片を失ふときは其れだけ他の大名に對する對抗力の失墜なり。







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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