小説。——地上で初めて愛を無言のうちに見い出したある獣が永遠に焼き盡くされた跡形もない涙を流す/神皇正統記異本。散文。及び立原道造の詩の引用 2





——地上で

初めて愛を

無言のうちに見い出したある獣が永遠に、焼き盡くされた

跡形もない涙を

流す


神皇正統記異本…散文。及び立原道造の詩の引用


天稚彦



…或いは亡き、大日本帝國の為のパヴァーヌ


彼は、美しい。天稚彦と、無数にして無限に複数なる神々、至る処に無際限に坐します所謂八百萬の血速振って血速振り荒振る御神々が、勝手にそう呼んでいたその彼、天稚彦はあまりにも、野放図に匂い立って始末に置けないほどにも美しく、そしてかの神々が、気が触れた邪神どもの徘徊し跋扈するという葦原ノ中州即ちアシハラノナカツクニと名指されたそこに彼を没落或は天降りさしめたのは、それこそは終には御神々の嫉妬のなせる業だったのでは無いかと、みずからの美しさを充分に知る彼はそう想い至らざるを獲ない。香気薫って魂極る八百萬の御神々の怒号のような声が響き渡っていたその時に、れは正に彼等の歓呼の声で在らせられたのか。さまざまな響きの混交して終に一体にならぬ轟音の中に、かの茜差し高光る御方の声が明確にひとつの囁きの音声そのものとして耳に聴こえた。…只皇孫ノ為ニ

と。

地ノ道ヲ平ラゲヨ。

…声。

カノ者ガ皇孫ナル以上私ハカノ者を皇孫ト呼バザルヲ獲ズ、

それが

私ガカノ者ヲ子孫ト呼ブナラバ彼ハ皇孫デアリ、

愛しく、愛しい

彼ガ皇孫ト呼バレタナラバ彼ハ皇孫デアリ、

愛するが故に愛した、その

彼ガ皇孫トシテ彼ヲ認メタ以上彼ハ皇孫デアル。

御方の声に他ならない事実を、彼は想い出した。

彼の周囲に悉くを、響き渡る神々の怒号が空間を発狂させて、彼の耳を為すすべもなく聾させていたが、…今、彼ハ地ニ捧ゲラレル。

貴方は知ってる。貴方を

…声。もはや

私ハ彼ヲ地ニ堕トス。

私がすでに愛していることを

怒り狂った音響に過ぎない

天津彦々火瓊々杵尊

声の群れ。血速振る御神々の

私は想い出す。貴方を

即チあまつひこひこほににぎのみこと

…いななき

愛していることを

…と、御神々がそう呼ばれていた御方を、天稚彦も八百萬の数多の荒らがれ給うがうちに和され給い和され給うたなかに荒ぶられ給うた御神々も、知らないばかりかその御面差しの横顔の拝顔を賜ったことさえもなかった。

血速振る御素性のままに荒ぶる野生の火焔にして、魂極る万象を命の息吹きを以て和するかの高光る逆光の御方が見い出す御方ならば、彼は

あれは

貴様ハ

見知らない

地の支配者で在らせられるに違いない。

ものたちだ…

…地ニ先ンジテ堕チヨ。

あれは

地ノ無様ナ隆起陥没ヲ以テ皇孫ノ安逸ノ寝殿ト為シ凡テの荒ブル邪神等ノ息吹ヲ殲滅サシメヨ。

燃え上がる焔にみづからの肉を苛まれ乍ら、傍らに下照姫即ちシタテルヒメと大汝神即ちオオナムチノカミ御みずからの名付け賜うた女の、安らいだその息づかいはただ浅い宵の寝息のように耳にふれていたが、あるいは、

おぼえてゐた

天稚彦はそれが、彼の女の邪気も意図もなく立てた、あくまでも

おののきも

装ったにすぎない醒め切った冴えた息遣いである事には

おぼえてゐた

気付いていた。無造作なまでに

顫へも

ふしだらなまでに

おぼえてゐた

獣が

あれは

淫乱を貪るがまでに魂極まる萬物の

見知らないものたちだ…

豊饒の(――と、あるいは死穢の)匂う中洲の、(喰い散らされ、乃至制圧され、乃至殲滅され、乃至見棄てられ破棄された、それら死穢の死臭の。…と、)野生の花々の薫り立つ中に、その女は(彼は独り語散るのだった。)彼を欺くことを謀んだわけでもなくて、ただ、その傍らに添うて憩い安らぐことをだけ、いま、あまりにも切実に望み、切なる想いの故に彼女は先ずなによりも自分自身を欺こうとする。私ハ、…と。

いま

花々は

今、

焔は

猥らなまでに

深イ眠リニ堕チテ在ルノダ。

眼差しの中の見い出された

その春に最早

天稚彦は

風景をさえ

咲き乱れるしかない。時に

目覚メタ儘ニ茲ニ永劫焼キ盡サレ乍ラ。

好き放題に

魂極まる息吹きを

敢えて

焔につつみ

沈黙のうちに

貴方ト共ニ

わななき立つ

兆しだけして

それに抗いもせずに、かの女の

叫び声は

醒めた息使いをその寝息としてのみ耳に触れさせ、想えば、此処は

あなたにふれた

そして

匂うがばかりに花の

なぜなら

望んだのは、ただ

咲き乱れる国であった。花が

あまりにも

一瞬の

薫り騒ぐ花の香りの中で安逸を装ったところで、そこに

美しかったから

あなたの微笑みに過ぎなかった

如何なる咎が在り獲ようか。彼が

花美しの花の匂う

もはや私は言葉もなく

此の地に堕ち来たり、周囲を包み

くれないの唇の

あなたを見つめる

浮かび上がらせて

あなたが、あまりにも

淡い逆光の中に

翳りをさえ賜われる、かの見上げさせていただく頭上に在らせられる、両性具有にして陰陽の支配者にして且つ、御神々の嫡子であらせられた天照大神即ちアマテラスオオミカミの尊の

…滅ボセ。

天ノ道、地ノ道ハ

――然リ。

お放ちになられていらっしゃる高貴にして

…殲滅セヨ。

常ニ

——然リ。

豊饒にして

…壊滅セヨ。

澄ミ切ッテ

——然リ。

優美なる

…駆逐セヨ。

平ラカデナケレバ

——然リ。

魂極る日輪の陽光を我が身に浴びたときに、彼がその肌に感じたそれは、あまりにも気高くも貴いかの真昼の中天にまします高光る御方の光の、肌にふれる息吹きの鮮烈さに他ならなかった。





Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

0コメント

  • 1000 / 1000