小説《明晰な、儚すぎるその…》①…世界が終る前の恋愛小説
これは、何ヶ月か前に書いたものですが、恋愛小説、のようなものです。
恋愛にまつわる、こころの細かい揺れうごきを追いかけようとしたものでした。
小説らしい筋は殆どなくて’、一瞬一瞬のきらめきだけで成り立っているような、そう言うものを書こうとしたのです。
試みは、成功しているでしょうか?
2018.07.31 Seno-Le Ma
Quartet
明晰な、儚すぎるその…
日差しに目を背ける。熱帯の日差し。ベトナム、ホーチミン市。旧名サイゴン、サイゴン陥落。日に色あせた、砂埃りにまみれたけだるい都市。
水が、
撥ねた。
ハンという名の女が、(…少女、が?)背後で光、わたしの熱帯の、首筋の光。匂いを…充溢する。嗅ぐ。それは、鼻で、空間に、かすかな、うがつ。媚びるような…穿つ。笑い声。
光は。
すこし、むこう。
少しだけ向うで。いま、
きざむ。…笑う。汗ばんだ…刻む。匂いを 光は。彼女は…ひかり、嗅ぐに違いなく、その 自分の みずからの 匂いに存在を。麻痺した鼻は、常に、決して すでに、それを もう…、捉えはしない。
小さな、
音さえ
たてずに、
あと2ヶ月?…サイゴン。もう一年も、この廃墟が群がったような、でたらめな都市にいた。
9月。一年近くにわたった、取るに足りないベトナム出張。
…撥ねる。
雨期の雨が叩き付けるように降る。そして 聞いた。
…どこに?
脆弱な わたしは、都市機能は いつも 破綻する。降りしきる 水はけしない 雨の その雨水の 轟音、膨大なその流れが 響き、主幹道路をさえを 音そのもので 水浸しにし、破壊しつくして 大量のバイクが、すべてを、トラックが、すべては、それらを …怯えた。撒き散らして都市は わたしは 泥に すべてが 染まる。破壊されて仕舞う 雨水に、予感に 匂いが 繊細な あることに、一筋の、いつも 膨大な 気付く。無際限なまでの 水が 雨の 醗酵したような 群れの 匂い。暴力に 最初、すべてが それは 破壊されて 自分の すべては 濡れた もはや 髪の毛の匂いだと なすすべもなく 想った。
九嶋圭輔が好きだった
わたしの涙ぼくろを
そうではなかった。もはや、それは、ただ、純粋に、轟音の中に。空にふれて たたきつけ、穢された雨の あふれかえって、匂いだ。…そんな事は 耳を聾する、知っている。日本で、雨期の、まだ十歳のとき、家出の挙句に台風の雨に濡れたときに、轟音の中で。雨に臭気があることなど知っていた。
かつて誰もが
いまだかつて
ハンがわたしの体を求めていることは知っている。…なぜ、体、ではない。体を得ることによって、君は、いつも 彼女が得ることができる、ある、所有権のようなもの。
指先でふれて
僕は悲しい振りをした
…愛された実感、欲しがるの?というべきもの。
誰れもがかつて
光の中に
18歳の少女。18歳になると、愛されることを。わたしたちは結婚できます、と言った。…わたしに。タンがわたしの耳元で、声を立てて笑った。その、彼女の言葉をわたしに通訳して見せたときに。秘密めかせて。
圭輔を失った、あの
雨の七月の朝に
わたしの白い耳元に、褐色の肌を わたしの 寄せ、白い 唇が 耳元に あやうく 褐色の ふれそうになる 肌を 距離感の中に、寄せ、ささやきながら。
いまだかつて
ほんの数時間だけ降って
あの日の雨はやんだ
雨。轟音、…もはや暴力でしかない
雨上がりの空に羽撃く
鳩を見た。いつものように
かつて誰もが
少なくとも、一人は。
雨期の雨が降る。その日、熱帯に。雨期の雨が 視界のうちを 窓の外をたたきつけるので、満たした。朝の7時、その雨の わたしはまだホテルの部屋の中に 轟音が。いる。
橋の向うに
雨上がりの空を
いつの間にか住み込んでしまったハンは、守衛に毎日細かな金銭を渡す。
かつて、いまだ
目覚めさえせず
この国では、未婚の状態で、外国人の男が、本国人を部屋に連れ込むことなど、法律違反だったから。
悲しいくらい、俺、…と言いかけて
言葉に詰まった圭輔を
すくなくとも、タンに聞いた。公式には。まともに あるいは、日本語が話せない わたしのしていることは 通訳のタンに。犯罪だと言っていい。すくなくともこの国においては。
なにが?振り返ったわたしが、
わざと何も聞こえなかった振りをしたのを
そしてハンはいつも、充足した顔つきを曝す。守衛に。金をてずから渡すときに。…しかたないわ。微笑んで、わたしは彼の、なにかを 女だから。諦めたように。
「すき?」
かつて誰もが
いまだかつて
「なにを?」
18歳になったら結婚できるということは、…すき? 彼女は何歳なのだろう? 俺のこと、お前、現状で17歳なのだろうか? なんで、お前、…18歳を過ぎているのだろうか?まだ、すきなの? 17歳にさえ圭輔の声。遠く及ばないのだろうか?
「なにを?」
目覚めさえせずに
かつても
「見て、…ね」
すぐに、なんども耳元に なのか。やがては、ささやかれた、なのか。いつかは、その音声。なのか。結婚できる日までの時間的な距離は?
「あれ、見て…ね、」
いまも?
いまだ
「風船が上がってく、…」
わたしはどれくらいの犯罪者で、人間のくずで、恥ずべき人間なのだろう?
いまなお
誰もがかつて
「…空に。」言った僕を、圭輔は
振り向きて笑いかける
意味無く笑ったわたしを咎めるように、後からしがみついたハンが何か言っている。何? Sao… ? …ねぇ、Anh à, …どうしたの? Sao vậy ? やだ? Nói gì vậy ? 秘密?
雨上がりのくすんだ
Anh à… 秘密なんか Anh à… しないで…何を言っているのかなどわからない。ハンはベトナム語以外に英語さえ話せない。わたしはベトナム語など話せない。
空に。
…この。
聞きなさい
「どうしたの?」言ったわたしに、圭輔は咎めるような眼差しをくれた。
心臓の音
わたしは19歳だった。圭輔は、まだ21歳になったばかりだったに違いない。
まだ、止まらない
…え?
圭輔の ホ*の 唇が、ホストの
「お前、」圭輔の
裏切り者にすぎない
かすかに ふたえの ゆがんで、まぶたに
僕たちは
「…お前、」ぼくは 聞いてなかったの?「違うって…」
裏切った
何が?嫉妬した。圭輔。憧れた。美しい男。愛した。
女たちをも
「見惚れてたの。」
男たちをも
見惚れてたんだよ、僕は、…圭輔に。ただ、
家出少年の成れの果て
歌舞伎町のホスト
馬鹿。圭輔を。…言って、ホ*の 圭輔は ホストの 笑った。僕は。…女たちに、「見惚れてただけ…」抱かれてやりながら。
僕はそして、圭輔に抱かれた
女たちを帰した後に
壊れる
その
「マジだよ。…これ、…」…ねぇ、
かならずしも嘘ではなかった。
差し込む窓越しの午後の陽光の
温度の中で
壊れた
話しが下手な圭輔の、つまらない話を聞いているくらいなら、…きれい、すっごく…その顔に、お前の、見惚れているほうが 涙ぼくろ。マシだったから。
時に嫉妬する、圭輔の
美しさに
その
長く伸ばされた髪の毛をいま、無造作にひっ詰めた首筋に、お前ってさ、かすかな後れ毛が なんで、いっつも 発生する。その、窓越しの 笑うとき、陽光の逆光に、かすかに照り、なんで、鼻掻くの? 翳になる、それ。
わたしは
ひとりで、嫉妬した
肉体。…そのうごきに連動して、信じられないのは、息遣われるたびに、他人じゃないんだ。それはかたちを崩す。
ときに
おれ自身だから。崩れ、むしろ、崩され、俺、崩して、
すでに
俺が、崩れ去る。信じられないんだから。色彩。…だから、肌の。口籠る圭輔を 褐色の。
いつも
見詰めた。日焼けしたそれ。わたしは、父親はフィリピン人だと言った。
与えられなかったもの
わたしに
荒廃。ただ、すこしだけ、わたしは、肌に荒廃した息遣いが 見詰めた。ある。頬をよせれば、ざらついた。…お前、
与えられなかったものに
圭輔に
ふれた
…壊して
誰?と、いつでも不意にそう言ったような眼差しをする。犬のように、知っていた。わたしは すでに。圭輔の匂いを嗅ぐ。
むしろ
すべて、ときに、話しつくされていた。息をひそめて。はじめてふれあった 圭輔も、あの日から。ときに、はじめて あるいは、愛したときに、その日から、その匂いの存在に もう、気付いたときに、すでに わたしたちは確認しあうのだった。言葉は尽きていた。お互いの匂い。
壊れる
ふれた
ここに、なにも、まだ 存在していることの証明。話されないうちに、
撥ねる
音が
「…あ、」すでに。
わたしがつぶやく。
「…さわって」
撥ねる
「…いい?」
雨が?…ふれて。
「…ん。」
水とともに
「いい?」
もうすうぐ、雨が?
「ん?」
撥ねた
「…感じた?」
わたしは空を見上げる。感じて。
「…ん。」
水は
…あげる。
「どうしたの?」僕を。…桜。光を、並木に、そして 代わり映えのしない桜が咲き乱れ、知って。目黒川だから。僕が君を愛しているというどうしようもなく確定的な事実そのものを。当たり前の風景に過ぎない。それは、と、…え?
君にすべてを
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