小説 op.5-02《シュニトケ、その色彩》中(一帖) ③…木漏れ日の中の、君を見る。



この小説の中に、青龍刀が出てきますが、

むかし、若い頃、本当に青龍刀で指が4本くらい飛ばされるのを見たことが在るんですね。

歌舞伎町の喫茶店で(笑)。


笑い事じゃないんですが、その当時の、やんちゃだったチャイニーズ・マフィアたちの、

抗争というか、喧嘩というか、別に通りすがりの赤の他人だったので、詳細は何もわかりませんが。


たぶん、首を切り落とそうとして真横に振られた青龍刀を、

かわそうとして身を沈めて、でも、防ごうという無意識の行為だったのか、

右手だけが青龍刀をつかもうとしてたんですね。

その人の手が。

…で、スパッと。


本当に綺麗に、指が全部飛んでました。


…鮮やかだな、と想った記憶があります。

怒号と喚声の中で。

なにが鮮やかだったのかわかりませんが。



…ところで、小説は、今回のピリオドあたりから、急激に展開していきます’。



2018.06.15 Seno-Le Ma









シュニトケ、その色彩



一帖









逃げない?瑞希は「終わり。」確認したが「あなたは、ぜんぶ」いやな体臭がする「終わりです。」と瑞希は思った。「腹に刺さって、暴れました。私は」それは彼女好みの体臭ではなかった。「汪さんの首を斬りました」何でこんなことになったんですか?


Nhgĩa-義人に水を飲ませてやった時、扶美香は言ったが、「殺しました。」逃げません。「もう、」長い沈黙と、「死んでいました。」不信に震える黒目の逡巡の後で、「死んでいましたから、」言った Nhgĩa-義人を信頼してやる。ガムテープを解いた瞬間に、「首を斬りました」彼女を突き飛ばして逃げようとした Nhgĩa-義人はすぐに思いなおして、しゃくりあげ続ける扶美香を見詰めたが、すでに立ち止まった彼は自分が座るべき場所を探した。









はじめてみたよ。しゃくりあげる上目遣いの扶美香が、首ないの、初めて。言うのを、Nhgĩa-義人は黙って見詰めている。警察に連絡していいのかどうか、瑞希には判断がつきかねた。汪の日本滞在が合法のものなのか、それとも長い長い不法滞在を続けているだけなのか、自信が無かった。LINE で入れた加奈子へのメールも、柾也への E-mail も、どちらも返信がなく、LINE には既読さえつかなかった。桜桃会のなかなかつかない既読は、彼らにとって、今が忙しい時間であることを思い出させた。学校に通っているか、バイトに出ているか。…え?、と、「うそ?」


「…違わない?」言った瑞希を Nhgĩa-義人は振り向き見た。三十歳に近くなるまで、瑞希が一人の男しか作らなかったのはなぜか、自分でも分からなかった。「あんた、殺してなくない?」汪のショーパブで踊っている瑞希は人並み以上には美しく眼を引き、「…うそじゃない?完璧に、さ、」ダンサーズ・スクールで教える。「だれ?ねぇ、犯人」子どもたちのクラスも「だれ?」大人たちのクラスも。皇紀だろ?

瑞希は口の中だけで言い、扶美香が、思い出したように、おなか減った、言って、Nhgĩa-義人は笑いかけられるままに笑い返す。ライオン方式、と、汪は言った。わかる?「ライオンって、メスをたくさん飼ってます。」信じられない風景を「オスは何もしません」扶美香は何度も「…ね?メス、忙しいでしょう?」しゃくりあげ乍ら「狩りします。子ども生みます。」視界の中に確認して「育てます。世話します。いろいろ、」前兆など無かった。「…ね?私はライオン方式。」どうして?「私はかわいがるだけ。」呟く。その「子ども生ませるだけ。」声を聞いて、瑞希は「仕事ぜんぶ、女の人します。いいの。」どうして?「それがいいの。」沈黙したまま「遺伝子ね。」Nhgĩa-義人を見る。「いい遺伝子。」どうして?「いいもの持っているのは、いい男だけ。」やっちゃったの?「…ね?」Nhgĩa-義人は見詰めた。「駄目なのは、死んでしまえばいいの。」自分を眼差しに「何も残さないで。」捉えて「私も、あなたも、」言う「…ね。」彼女を見詰め、「いいから、女の人たくさん、飼います。」知りません。「生ませます。」分かりません。「それ以外、何もしない。」皇紀でしょ?「正しいよ。」瑞希の言葉を「これが、正しいよ。」首を振るだけのNhgĩa-義人は「これが、」否定したのか「私の」肯定したのか「ライオン方式。」分からなかった「あなたも。」瑞希には。「…ね?」言って、汪は私に笑いかけた。

汪に自分の子供は一人もいなかった。女たちばかりの事務所の女たちが、いずれにしても何らかの形で汪の手の付いた女たちであることは知っていた。加奈子自身がそうだった。汪が死んだ後、実権を握ったのは扶美香だった。フィリピンとの交易は加速した。覚せい剤の密輸。もう一つは女たち。「要するに、人身売買よ」加奈子は言った。介護の名目でつれてきた女たちを婚姻させ、「穢い子豚ちゃんを買い叩いてあてがってやるの。日本の能無し豚に」法外なとはいえない程度の手数料を取った。「だってさ、フィリピン人なんてさ」日本が滅びたら、「**じゃん。いわば。」どこ行こっか?「買われてなんぼ」加奈子が言った。汪の死を知らされた数時間後に、私たちは海岸を散歩し乍ら、「どこって?」さっさと滅びてくんないかなって。「汪みたいに?」声を耐えて、しかし笑いを我慢しきれずに、やがて声を立てて笑う加奈子が私にすがりつくようにもたれて、「…でも、後悔はしていません。」Nhgĩa-義人は言った。私が、なんで?


尋ねた声に答えずに、「もう遅すぎます。」言って、「行きましょう」Nhgĩa-義人が私を急き立てた。Trang さんたちが待っています。Trang の家の売却はなかなか進まなかった。なぜあの草食動物のような両親が自殺しなければならなかったのか理解できなかったが、川沿いのリゾート開発区域のど真ん中の土地がその価格高騰のために、家族に係争をもたらし続けてるのは誰にも理解できた。Trang と、その叔父たちの所有権に帰するはずだった。四人居るその叔父たちのうちの一人が、四人とも同意の上で所有権を放棄していたにも拘らず、法的には残りの三人はまだ所有していた。そのあたりの言い争いが続いているようだった。Trangの後ろ盾は私の会社の Danh ャン だった。あんなに大量の人間が一気に死んで仕舞った土地など、さっさと売って仕舞えばよかった。Duy ユイ と Hà ハー の死に方は派手だった。彼らの家の敷地の目の前の広大な廟の庭で夜中に、ガソリンをかぶって自分に火をつけた。最もた易く後腐れの無い死に方だと思ったのかもしれなかった。

その夜中、女の声が立った。あきらかに、普通ではなかった。喉の潰れた鶏が引き裂かれながら立てたような、長い声。

髪の毛の束に腐った油を撒いて焼いて焦がしたような匂いがした。ガレージのシャッターを開けると、目の前の廟の庭を円をかいて走りながら燃えている Hà がいた。豊かに生い茂った樹木の太い幹の陰に、Duy はひざまづいて地面に何度も頭を殴りつけていた。Duy も燃えていた。痛みに耐えかねた彼らの身体は、もはや、迅速な死をだけ望み、駆られ、あせっていた。失心さえして仕舞えばいいのに、と私は思い、なに?…と。


「なに?」Trang の声を聴く。


…ん?壁の向こうの異変に気付いた私は言って、ベッドに身を起こした私には取り合わず、怯えるばかりだった Trang が予感していたに違いないのはこの光景そのものだったのだろうか?








Trang は毛布の中に丸まって、こちらを見向きもせずに、起こそうとする私を、手を振って拒絶した。眼をすら開こうとはせず、どうしようもない匂いがする。人間の身体が、こんなにも穢らしい物だったのかと、自分の肉体が存在する現実を後悔させずにおかない異臭が鼻をつき、はやく死んで仕舞えばと彼らの死を望む。起き出して集まり、周囲に群がった人々が遠巻きに身を隠した。誰も近づこうとはしなかった。寧ろでたらめに駆け回る Hà の接近から、遠い距離あるにもかかわらず怯えて逃げ、彼らの表情はわなないていた。咎めあうような声が、燃え上がっている二人の人体に聞こえないようにささやかれ、無数に立ち上がって空間を満たし、なかなか燃え尽きず、失心もできない Hà が自分自身を包んだ炎から逃げ惑う。彼女の、不意に、一直線に加速した走行はコンクリートの壁にぶつかって倒れ伏し、人々は逃げ惑う。地面の上に四肢はばたつく。ややあって、力尽きた Hà が死んだのか、それとも本当に単に力尽きただけなのか、確認する勇気は私にも誰にも無かった。呼ばれて駆けつけた警察さえ遠巻きにその惨状を見詰めた。た易く燃やせる衣服や皮膚を焼ききっただけで火はすぐに消えた。ぶちまけられたガソリンで焼き尽くせるほど人体を支配した水分は甘くなかった。彼らは死んでさえ居なかった。病院に担ぎ込まれ、Hà は五日間、Duy は四日間生きていた。彼らの肉体を濡らしたガソリンが、何も焼き尽くさないうちに、自分勝手に燃え尽きた瞬間、警官と眼があったような気がした私は、人ごみの背後を掻き分けて、加奈子のホテルに避難した。Trang を見捨てたようなものであることに後から気付いた。


だいじょうぶ? LINE にメッセージを入れた後、Trang の家に WiFi がないことを思い出した。電話をかけることは危険だった。死んだのは彼女の両親だった。警察が来ないわけが無かった。シャッターは私が開けっ放しにしたままだった。「どうしたの」加奈子が言った。「子豚ちゃんと乳繰り合ってるんじゃなかったの?」私は Trang を思った。「死んだよ」どう思うのだろう、警官たちは「誰?」彼女の部屋の開け放たれたシャッターから侵入し、「子豚ちゃんの両親だよ」叩き起こされた Trang は「なんで?」言い澱んだ私は、彼らの燃え上がる光景を思い出すことさえ嫌だった。捨て置かれた孤独の中で、「売っちゃえば?」的中した予感におののくのだろうか?Trang は、「誰を?」一人で。「孤児なんじゃない?子豚」いつも、私がいつか自分を棄てることを確信していた。「もう、ないでしょ。」Trang は、いま、確実に「…居場所なんか。」見詰めなければならなかった。「身より無いんだったら、中国人にでも」Duy と Hà、「売っちゃえば?」彼らの黒焦げの「お前みたいに?」その惨状を「そ。…そ、そ、…そ。」彼らを追悼する余地さえなく「どっかの頭おかしいチャンちゃんに売りさばきなよ」おののき、「やる、する、ねる、しか能の無い、」震える。「…さ。」一人で「繁殖するしか」あそこで「能の無い猿たちに」冴えてるね。私は加奈子に言った。今日も薄穢い毒舌が。「嫌味?」


なんか、似合わないな…「そういう、嫌味言うの。」

「人権主義者の正当な批判だよ」私は声を立てて笑い、彼女には私が必要なはずだった。Trang には。彼女はののしったかも知れない。自分を棄てて行方をくらました私を。皇紀の住処は知っていた。皇紀が囲われている女が借りている麻布台のマンションだった。タクシーを止めて、麻布通りに面した古い建物の前に止める。住んでいるのは二階だった。呼び出すと、女はすぐに出た。彼らの単なる日常の延長に過ぎない間延びした気配の意外さに瑞希はたじろぐが、その山下奈美と言う名の女の向こうに、窓際のソファに座って刀の手入をしている皇紀を見つけた瞬間に、土足で室内に駆け込む瑞希を奈美に止める手立ては無い。

皇紀にのしかかった瑞希を羽交い絞めして奈美は、無抵抗にただ瑞希を見詰める皇紀を訝る。「殺したでしょ。」瑞希は言った。「汪を?」皇紀は彼女を傷つけないように刀を遠ざけ乍ら、「殺したよ。」素直に認めた皇紀の単純な素直さは瑞希を落ち着かせるしかなかった。土地が、一気に谷底に傾斜していくその先端にあるために、二階にも拘らず、その部屋からは窓の向うに十階建て程度の眺望が獲られた。「青龍刀で?」









…そう、と、「青龍刀で…」皇紀は言った。「中華風。」汪が義人と待ち合わせてたの知らなかったから、かぶっちゃった。言って笑い、「首、撥ねたときに、いきなりノックされて。誰?って。義人ですって。ドア開けたら面食らってたよ」奈美もその事件のことは知っていた。「どうしましたか?って。」この人、嘘だけは言わないから。全部、「俺、殺っちゃったよって」言うから、そう言う彼女に、「でも、おかげで」なんで、あなた、留めなかったの?このひと、ひと、「首、落とし損ねて。」殺したんですよ?言う瑞希に、「食い込んじゃったの。刀。大変だったよ、」一度決めたら退かないから。「2人で、」でも、…「食い込んだの、抜いて」言って、笑い、「まだ死んでなかったから」留めないって言うことは、…ね?分かります?「急いで、抜いて、…ね?」皇紀の手に触れた。添い遂げますから。「あとは、」どこまでも。わたし、このひと、「義人にやらせた。」死刑に為っても。一緒に「…ね?」小柄な奈美が立ち上がって、お茶を入れる。「教育したね」独り語散るように瑞希は言い、「あなたの好みでしょう?」皇紀は彼女に答えた。「撫子ってやつね。」瑞希は独りで笑った。奈美は皇紀が風俗で拾った女だった。死ぬほど「最初ね、」嫌いなタイプ、と「ヘルスで。」言って笑った瑞希には「酔っ払った人たちと」眼もくれないままに「来たの。桜桃会の人なの?」どうするの?「…で、この人、」これから。…そう言った瑞希に「来たんだけど。もう、ね。」笑って、「びっくりする。」これから考えるよ。

落ち着いたら。これから。ゆっくり。ゆっくりと、ね?「あれ?って。ね。」言い終わらない内に瑞希は「あ、れぇ?って」皇紀をひっぱたいたが「思ったけど、…ね?女の人でしょ。」振り返った奈美は「…違うけど。」何も言わず、「女なんかじゃないけど、基本、」何の抵抗もしないままに「…ね?で、」耐えられずに皇紀が笑って仕舞うのを瑞希は「あいつ、一緒に」見た。なんで?

それは言葉にならずに  …なんで? 頭の中だけで、「シャワー浴びても、へんなことしないし。」もう終わったんだよ。汪さんは。「名前だけ聞いて、ね?」皇紀は言った。もう。「ずっと添い寝してくれるの。」

「…すごいって」未来の話をしようよ。「この人、」終わったことじゃなくて「すごい人だって。この人、」終わりかけの今でもなくて「やばいって、…で」と言って、口籠るのが酔っ払った奈美の口癖だったが、で、「今があります。」奈美がそう続けるのを、何度も私たちは聞いた。Trang は事件から数日間まともではなかった。二日後になって、Trang の家に帰った私が見たのは、出て行ったときそのままに Trang がベッド上で丸まって眠っている姿だった。正午を回り、シャッターは開けられたままだった。あれからのことの経緯も聞き出せないままに、彼女は眼を開けたまま、じっと丸まり、私が彼女の頭を撫ぜるに任せた。時に病院に行くために身支度をし、私のために何か買ってきて、私に食べさせて、私は彼女が壊れかけている気がした。どうにかしてやらなければ、本当に、少し触れただけの単純なしぐさが彼女を完璧に崩壊させて仕舞うかも知れない予兆があった。私は時にそれに恐怖し、時に彼女がその両親に火を放って殺して仕舞ったのかもしれないあり獲ない妄想に怯え、一緒に行こうか。


…病院に、一緒に。そう言った私に Trang は首を振って、穢い、…Dirty、…Dơ、Bẩn、Nhơ、順番に きたない… 言って、だってぃ… 私から よぉ… 眼を ばぁん… そらす。にょー… 無理やりにでも一緒に行ってやるべきだったのかもしれなかった。私には自信がなかった。

何に対する、いかなる種類の自信であるのかは私にはわからなかった。汪が殺された日、加奈子は瑞希との通話が終わった後に、不意に、涙ぐんだ後で、忍び笑いし乍ら聞き取った次第を私に語ったが、ふと、…ね?




Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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