アラン・ダグラス・D、裸婦 ...for Allan Douglas Davidson;流波 rūpa -28 //まだ知らない/あなたも、まだ/沙羅。だからその/空。あの色を//07
以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。
謂く、
聞いていたのは
沙羅。そのけもの
けだものの
声。沙羅
鳴りひびいたのは
沙羅。ばけもの
ばけものの
声。沙羅
謂く、
聞いていたのは
あえて声
見て。ほら
笑っていた
けだものの声
声もなく
陽炎。色彩もない
えづきながら
ばけものの。
笑っていた
ゆらぎ。ほら
あえて声もなく
鳴りひびいたのは壬生清雪。たしかにかれはうつくしい。無慈悲なまでに。十二歳。年にいちど顔をあわせる。そういう約束になっていた。敦子たちが乞うた。せめてもの責務、と。清雪は知らないはずだが、いつも、母親の死んだとおなじ桜のまだ蕾のころ。三月に。2008年。計算に問題がなければ。わたしは74年生まれで、清雪は二十二歳の時にいつつ年上の春奈が生んだ。だから、たぶん96年生まれ。…だ、と、して、十二歳になったなら、それは、そんな年。
いま、ネットを調べれば、平成の二十一年。一月、バラク・オバマが大統領になった。5月、韓国で盧武鉉前大統領投身自殺。北朝鮮で核実験。二度目。金正日時代。6月、マイケル・ジャクソンが死んだ。娘が泣いて、みんなもらい泣きした。10月、オバマがいきなりノーベル平和賞を貰った…とか?
美沙は、兄弟姉妹のおおい大家族なら、清雪の姉であったとしてもおかしくはなかった。あからさまに見蕩れていた。清雪の正面に。発情の気配まではさらさない。かたわらの男への媚びのせいで。だから、美術館でミケランジェロのダビデでも見上げたように?美沙の矜持。それはじぶんがわたしの女であることだった。歌舞伎町では知られた美貌の男。清雪にはくらぶべくもなくとも。美沙の眼に、彼はあるいは将来の義理の息子だっただろうか。入籍を、そのこころのかたすみにでも実は願っていたならば。
春奈に似ない清雪は、父親似と言われるしかない。認知していない父親、…らしき、わたしと。養育する壬生の、たとえば敦子もそう言った。まるであなたの遺伝子にだけ染められたみたい、と。養育と認知の放棄は、しかし責任放棄とまでは言いきれない。そう思っていた。わたしは。そのときには。いまは?…春奈はあの日、わたしをじかに、はじめて知った日にも、そこで
切らないで——花?
まばたく
あまりにも多くの
だって、——花?
まぶた。おさない
男たちに身をゆだねた。ジャンキーの
傷いじゃな、——花?
まぶたに
春奈。下卑た
死んだら、花は
ささやいた
嘲笑。発情。鼓舞。そんな
羽衣になるから
あなたは
声。無数の
こころのない
花を活け、花を
声。そして
羽衣にな
殺してしまいながらも
いぶき。…受胎。DNA検査など、まだ一般的ではなかった。そんなもの特殊な刑事事件の特権だったにすぎない。清雪は、そして当時のわたしなどくらぶべくもなく、ひたすらにうつくしかった。わたしは霞んだ。赦した。…矜持?ひそかな。うつくしい、うつくしすぎる清雪という存在が、たしかに存在していることへの。
あやうかった。
清雪は、いたましいほどに。十歳くらいの頃からか、過剰なはかなさは、ただひたすらとぎすまされた。もはや強靭なほどに。鋭利なほどに。だからあくまでも直接的な皮膚感覚として、怖いくらいに。清雪を、見るたびにわたしは驚嘆した。あやぶまざるを得なかった。大人にはならないだろう、そう確信した。たぶん、彼の周囲の凡庸なひとびととおなじく、凡庸に。かつてわたしに、その十二歳の美少年に、宮島の大人たちがさらしていたとおなじ、不安。陶酔に似た
壊して
まよわず
高揚のある
きみが
いつでも
それ。はじめて
かなしむときは
ぼくを
清雪はその日、正則にも敦子にも連れられずにひとりで来たのだった。だから、いつもどおり遅刻して来て、しかも女づれで、カフェのなか、窓際のいつものテーブルの逆光に彼を見たとき、…嬌声。美沙。ななめ背後。さがした。わたしのまなざしは、正則か敦子か、壬生のだれかを。どこに?あれなの?声。美沙。いわゆる時空をゆがめた双子にひとり、ことさらな驚嘆をさらしてさわぐ。声。テーブルにすわりかけるなり、「敦子は?」云ったわたしに、…え?
傷めて
容赦なく、その
「正則は?」
きみが
いたましい
「正パパ?」と、「どこ行った?壬生の、…今日、だれと?敦子のほう?あいつ、トイレ?」返答を
かなしむときは
笑みを、そこ
赦さない矢継ぎばやに、そのつどくちびるをひらきかけながら、清雪は、ややあってようやくほほ笑んだ。去年よりうつくしくなった。そう思った。稀有な美少年は察した。そして、そっとかたむけるように振った。その頸を。あくまでめらかに、やわらかに、瑞々しく、「…ひとり?」そして、ふいに「ひとりか、おまえ…」言葉を
壊して
まよわず
うしなったわたしは、
きみが
いつでも
なぜ?
傷むときは
ぼくを
直視している澄んだ、…冴えた?まなざし。目をそらす。樹木。葉。葉のむれ。その色彩と綺羅のさわぎ。たぶん、まなざしに見えていたはずのものは、そんな、——不快を咬んだ。
清雪が代々木の五丁目の高台から、渋谷の谷底までひとり来たという事実に。
壬生の莫迦ども。だれも今日の清雪が単独であることを告げなかった。壬生の無能ども。もう、大人だから、ひとりでだいじょぶかな?…とでも。豚の敦子。心配なんかいらないよ。…な?とでも?豚の糞の正則。言えば、知ってさえいれば、美沙など連れてこなかった。もったいつけた遅刻など、まして。
わたしは知った。美沙の同伴、のみならずいつものだれかの同伴は、たんに壬生のだれかに対する、故意の、惡びれた振る舞いだったという事実を。最初の一回目、一歳をすぎたばかりの清雪。それ以外のすべて、かたわらにはだれかしらがいた。わたしに群がった女たちの。ときには、複数人。正則はすなおな軽蔑とともにわらった。敦子は必死に、糾弾の眉を緩和しようと無駄な努力にくれた。
わたしは羞じた。
ひとり、ほほ笑む美少年の見つめている自分を、…ではなくて。むしろ、そのまなざしの前で、かたわら。至近。体温と体臭と肌の湿度と声とをちらす下卑た場違い女の無能と愚鈍を。…なぜ?
「だめ、…でした?」
うつくしすぎる少年はささやく。はずかしいほど澄んだ声に。
「…だめ、」と、言いかけるわたしを、「ごめんなさい」清雪は無視した。「どうしても、ダメだったら、ぼく、いまから」
「じゃなくて、お前、…これ、責任放棄じゃない?」
「せ…」と、「ほう…」それぞれつづくべきキの音を口にだせないまま、清雪はあらためてわたしを見つめる。いたたまれない。その眉。泣きながら、無理やり笑ったような、そんな眉。やさしく、容赦なく、咬みつく翳り。笑ってさえもそんな眉をさらす少年は、動揺のいま、その繊細な、しかも苛烈で無慈悲な暴力を自覚もなくぶちまける。倫理を知らない少年。せめてすこし、眉だけでも彼は隠そうとするべきだった。彼だけに特権として赦された遵守すべき倫理の存在に、無防備な少年は気付かない。「一人でこさせたんだろ?おまえを。ここまで、ちがう?」
「でも、それは、」
「あいつら、もし変なのがおまえに、」
「変?変質者の変?」
「渋谷の底くんだりにまでいるかどうか知らねぇけど、…さ」
「でも、地元ですよ。ここ。ぼく、」
「代々木のうえからどうやって来たの?タクったの?」
「タクシーは、だって」
「歩きなの?」答えず、ようやく眉の緊張を、だからそっと息を吐くようにも解いて、…清雪。邪気もない、自然な、耐えられない、唐突に見えた「…莫迦か?」笑み。
わたしは吐き捨てた。
「あいつら、まじ、莫迦?糞なの?…というか、お前も、さ。——タクシー代くらいぶんどって来いよ」
「歩きですよ。ぼく、いっつも。原宿のほうから」
「甘ったれるなって言っとけ。壬生に」どっちが?
母親の親族にすべて押しつけ、放棄しきりもせずに、しかもたぶんひそかに執着して、さらに疎ましがりさえしていて、如月のころの近づくたびに憂鬱のみを知る。そんな莫迦男。どのつらさげて?…と。わたしは、すでにそこに、たしかにそう思っている。
「毎週、来てるから、だって。でも、…もう、ここらへんとか、」
「庭ですよ、って?」
「そこまでいかないけど、でも、もうなんか通学路並みに」
「その通学路とかでさ、変質者さんたちは頸をながくし物色してんじゃないの?」云いすて、わたしはもうどうしようもなく後悔している。まなざし。清雪をこころにもなく正面から見つめて仕舞っている事実に。嫉妬?嫉妬さえいだけないほどの嫉妬。そして、あくまでも誇り。焦燥のある矜持。傷みも。清雪は「…気ぃ、つけろ。つぎから」絶望的なまでにうつくしい。謂く、
のばした足
右。右のそれ
それをだけ
もたげた。そこに
なぜなら、沙羅
右のむこうに
はるかに、むこうに
昏む。その空が
肩をねじり
ねじりあげ、頸
のけぞり、指
沙羅。うしろ手に
謂く、
なぜなら、沙羅
咬んだゆびを
陽炎がそっと
いつ終わるのだろう?
右のむこうに
吐くように
とぐろを巻き
だからこんな
はるかに、むこうに
舐めて
沙羅が鼻を吹く
わたしたちの破滅
昏む。その空が
まげた指
右。右のそれ
くすりゆびだけ
ゆがめた。そこに
なぜなら、沙羅
右のむこうに
とおくに、むこうに
昏む。その空が
喉を鳴らし
わななかせ、顎
えづかせ、眉
沙羅。痙攣に
謂く、
なぜなら、沙羅
舐めたゆびを
陽炎がそっと
いつ果てるのだろう?
右のむこうに
思い知るように
雪崩れをおこし
だからこんな
とおくに、むこうに
咬んで
沙羅が唾を垂らす
わたしたちの頽廃
昏む。その空が
しかも海
さわがしいひかり
むせかり、沙羅
その海は
返り見られない
そこに綺羅
すさまじい
海の綺羅
光りの海に
わきたつ綺羅
空にはねあがり
覆う綺羅
目を逸らせ
沙羅。ふりそそぎ
綺羅。湧き上がり
目を逸らせ
謂く、
すさまじい
眉に、その
陽炎は
いつ尽きる?
海の綺羅
焦燥はなぜ?
沙羅の頸
いつ欠けた?月
空にはねあがり
その眉に
ななめひだりに
いつ尽きる?
覆う綺羅
目を逸らせ
沙羅。ふりそそぎ
綺羅。湧き上がり
目を逸らせ
覆う綺羅
いつ尽きる?
ななめひだりに
その眉に
空にはねあがり
いつ欠けた?月
沙羅の頸
焦燥はなぜ?
海の綺羅
いつ尽きる?
陽炎は
眉に、その
すさまじい
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