流波 rūpa ……詩と小説154・流波 rūpa;月。ガンダルヴァの城に、月 ver.1.01 //亂聲;偈59





以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。

また、たとえ一部に作品を構成する文章として差別的な表現があったとしても、そのようなあらゆる差別的行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしもそのような一部表現によってあるいはわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでも差別的行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。





あるいは、

   その町の風景

   その思い出

   匂い。臭気

   乾いた酸味


   ひびき。ゴミ袋

   鼠の疾駆

   温度。酒の?

   饐えた汗の


   障碍。路上に

   酔いつぶれた男

   見取れなかった

   匂いだけ。煙りは


   ビルの燃えた

   その日の空は

   コンクリの向こうに

   あざやかなオレンジにこう聞いた。その女、たった一度だけ店に来たその、だからもう名前も、…のみならず、顏も、…のみならず、だいたいの身長、肉付きさえも、もう、だからつまりは基本的になにも記憶されていないにすぎないかの女は、火事あるよ、明日。…と。そう、ふいに、…なに?

なんの話をわたしたちはその女としていたのだろう?その時に。女はひとりで店に立ち寄ったのではなかった。ましてなにか思い詰めたようなそぶりも。意味ありげな気配も。ひめごとを秘め、その重みにむしろ漏れ出ることを欲望している、とそんな矛盾?そんな雰囲気も…なに?ただ、むしろ居酒屋にでもふと立ち寄ったかのように。三十前の女たち。その数人。ぜんぶで四人?何人…と、…素人。たぶん、歌舞伎町自体に慣れてはいない。まして狎れては。そとで見かけた路上駐車の町の組関係者たちを噂していたくらいだから。如何にも不穏に。ひとりみんなで群がるあたわりさわりのない話を断ち切ったその女は、…われに返った?ふとわたしだけを返り見ると、そう云ったのだった。あした、火事、あるよ、と。三句切りのささやき。

「なに?」

問い直しかける前に、すぐさまに誰かの始めた会話。わたしたちはすでに飲み込まれていて、次の日になるまで思い出す機会のあるはずもなかった。だから、それは、いまウィキペディアに頼れば、二〇〇一年の八月。その最後の日。謂く、

   顏もない

   匂いもない

   気配もない

   かたちも色も


   なにもない

   女たち。翳り

   翳りの色彩

   記憶の不在


   不在の記憶に

   あなたは?

   おぼえてる?

   まだ?…わたしを


   わすれた?

   あなたも?

   だれ?

   あなた、だれ?


   だれ?…あなた

   だれ?

   あなたも?

   わすれた?


   まだ?…わたしを

   おぼえてる?

   あなたは?

   不在の記憶に


   記憶の不在

   翳りの色彩

   女たち。翳り

   なにもない


   かたちも色も

   気配もない

   匂いもない

   顏もない

すなわち、俺(…わたし)、あの犯人、知ってるんだよね。十人ばかりの人間にそう、耳打ちされた。わたしはほほ笑み、そして笑った、かさねて謂く、

   顏もない

      忘却

    花翳り

     厖大だから

   匂いもない

      その経験のみ

    せめてもそこに

     その経験のみ

   気配もない

      厖大だから

    葬っておこう

     忘却

   かたちも色も


   なにもない

      忘却

    花。花たち

     ぼくらの礎え

   女たち。翳り

      それこそ

    その花はなに?

     それこそ

   翳りの色彩

      ぼくらの礎え

    なんの花?

     忘却

   記憶の不在


   不在の記憶に

      忘却

    その水仙に

     日常だから

   あなたは?

      それをこそ繰り返し

    褐色のそれ

     それをこそ繰り返し

   おぼえてる?

      日常だから

    その色の影に

     忘却

   まだ?…わたしを


   わすれた?

      忘却

    その薔薇に

     ただそれが

   あなたも?

      それがこの顏

    黃土色のそれ

     それがこの顏

   だれ?

      ただそれが

    その色の影に

     忘却

   あなた、だれ?


   だれ?…あなた

      ただそれが

    その蘭に

     忘却

   だれ?

      それがこの顏

    眞むらさきのそれ

     それがこの顏

   あなたも?

      忘却

    その色の影に

     ただそれが

   わすれた?


   まだ?…わたしを

      日常だから

    その芍薬に

     忘却

   おぼえてる?

      それをこそ繰り返し

    灰色のそれ

     それをこそ繰り返し

   あなたは?

      忘却

    その色の影に

     日常だから

   不在の記憶に


   記憶の不在

      ぼくらの礎え

    なんの花?

     忘却

   翳りの色彩

      それこそ

    その花はなに?

     それこそ

   女たち。翳り

      忘却

    花。花たち

     ぼくらの礎え

   なにもない


   かたちも色も

      厖大だから

    葬っておこう

     忘却

   気配もない

      その経験のみ

    せめてもそこに

     その経験のみ

   匂いもない

      忘却

    花翳り

     厖大だから

   顏もない

死者たち。それら、その、だからそれら死者たち。思った。ふと、その孔。死者たちのひらく孔に、あるいはゆびを刺し込もうとすれば、そうすれば指は孔に通るのかもしれない、と。背後に沙羅。そのあえぎ。たぶん仰向け、仰向けの、しかも痙攣のある脱力をそこにさらしているに違いない沙羅。ふいに、沙羅の喉がせき込んだ。孔。ゆびは孔に入り込んでゆくのだろうか?

粘膜のような?

その触感は。

むしろざらついた?

その孔は。

乾ききった、それとも湿った?

ひらかれる、孔。

あたたかな?

孔、孔ら。

冷めた?

孔なす、孔。

凍り付かせる?

孔、孔ら。

あるいは水のような?

孔ひらく、孔。

焰のような?

孔ら。

あるいは、月。

この月。

その月。

あの月。

いずれにせよ月。

思う。

孔の、そのしろい孔のようでしかない月は、刺し込まれた指をそっとつつんで、やさしく飲み込みさえするのだろうか、と。









Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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