能の本;「謡曲評釋」より金春禪鳳作『一角仙人』
底本は『謡曲評釋/壹輯』
編者;小和田建樹・発売元;博文館
此の活字本の発行はたぶん、明治四十年である。
たぶん、というのは、国会図書館からダウンロードしたヴァージョンには奥付の部分が欠落しているからである。
ただし、後の貮輯には≪明治四十年八月印刷、九月發行≫とある。
よって、そのあたりの出版なのだろう。
註釈つきで、これは※を以て該当部分下に書き出しておいた。
一〔イツ〕角〔カク〕仙〔セン〕人〔ニン〕
※天竺の傳説をもて作れり。主人公の名を題目とす。
ワキ 官人
シテ 一角仙人
ツレ 旋陀夫人
ツレ 龍神
〇
地は 天竺
季は 秋九月
禪鳳作
(※金春(こんぱる)禪鳳(ぜんぽう)
享德3年(1454年、後花園天皇、將軍は室町8足利義政)生
天文元年(1532年、後奈良天皇、將軍は室町12足利義晴)沒)
〔ワキ詞〕
「是〔これ〕は天〔テン〕竺〔ジク〕波〔ハ〕羅〔ラ〕奈〔ナ〕國〔ゴク〕の帝〔テイ〕王〔ワウ〕に仕〔つか〕へ奉〔たてまつ〕る臣〔シン〕下〔カ〕なり。
さても此〔この〕國〔くに〕の傍〔かたは〕らに一〔ひと〕人〔り〕の仙〔セン〕人〔ニン〕あり。
鹿〔しか〕の胎〔タイ〕内〔ナイ〕に宿〔やど〕り出〔シユツ〕生〔シヤウ〕せし故〔ゆゑ〕により。
額〔ひたい〕に角〔つの〕一〔ひと〕つ生〔お〕ひ出〔い〕でたり。
是〔これ〕に依〔よ〕つて其〔その〕名〔な〕を一〔イツ〕角〔カク〕仙〔セン〕人〔ニン〕と名〔な〕づく。
さる子〔シ〕細〔サイ〕有〔あ〕つて龍〔リウ〕神〔ジン〕と威〔ヰ〕を爭〔あらそ〕ひ。
仙〔セン〕人〔ニン〕神〔ジン〕通〔ヅウ〕を以〔もつ〕て諸〔シヨ〕龍〔リウ〕を悉〔ことごと〕く岩〔いは〕屋〔や〕の内〔うち〕に封〔フウ〕じこむる間〔あひだ〕。
數〔ス〕月〔ゲツ〕雨〔あめ〕下〔くだ〕らず候。
帝〔みかど〕此〔この〕事〔こと〕を歎〔なげ〕き給〔たま〕ひ。
色〔いろ〕々〔〃〕の御〔ゴ〕方〔ハウ〕便〔べン〕をめぐらし給〔たま〕ひ候。
こゝに旋〔セン〕陀〔ダ〕夫〔ブ〕人〔ニン〕とてならびなき美〔ビ〕人〔ジン〕の御〔ゴ〕座〔ザ〕候ふを。
踏〔ふ〕み迷〔まよ〕ひたる旅〔リヨ〕人〔ジン〕の如〔ごと〕くにして。
仙〔セン〕境〔キヤウ〕に分〔わ〕け入〔い〕り給〔たま〕はゞ。
夫〔ブ〕人〔ニン〕に心〔こゝろ〕を移〔うつ〕し。
神〔ジン〕通〔ヅウ〕を失〔うしな〕ふ事〔こと〕も有〔あ〕るべきとの御〔ゴ〕方〔ハウ〕便〔べン〕により。
夫〔ブ〕人〔ニン〕を具〔グ〕し奉〔たてまつ〕り。
※伴ひ申すをいふ。
唯〔たゞ〕今〔いま〕彼〔かの〕山〔やま〕路〔ぢ〕に分〔わ〕け入〔い〕り候。
〔ワキ一聲〕
「山〔やま〕遠〔とほ〕うしては雲〔くも〕行〔カウ〕客〔カク〕の跡〔あと〕を埋〔うづ〕み。
※山遠雲埋行客跡。松寒風破旅人夢と和漢朗詠集にあり。
作者は紀齊名。
前句は旅人の遠く過ぎ行く跡を雲の埋め隱すをいひ。後句は松風の寒きに夢も破られて寢られぬをいふ。
松〔まつ〕寒〔さむ〕うしては風〔かぜ〕旅〔リヨ〕人〔ジン〕の。
夢〔ゆめ〕をも破〔やぶ〕る假〔かり〕寢〔ね〕かや。
〔道行〕
「露〔つゆ〕時雨〔しぐれ〕。
※露の滋きを時雨に見なしていふ。
漏〔も〕る山〔やま〕陰〔かげ〕の下〔した〕紅葉〔もみぢ〕。
〃。
色〔いろ〕添〔そ〕ふ秋〔あき〕の風〔かぜ〕までも。
身〔み〕にしみまさる旅〔たび〕衣〔ごろも〕。
霧〔きり〕間〔ま〕を凌〔しの〕ぎ雲〔くも〕を分〔わ〕け。
たづきも知〔し〕らぬ山〔やま〕中〔なか〕に。
※たよりも知らず不知案内なるの意。
古今集に、よみ人知らず。
「遠近のたづきも知らぬ山中に。おぼつかなくも呼子鳥かな。」
(※春上、大觀29)
おぼつかなくも踏〔ふ〕み迷〔まよ〕ふ。
道〔みち〕の行〔ゆく〕方〔へ〕は如何〔いか〕ならん。
〃。
〔ワキ詞〕
「日〔ひ〕を重〔かさ〕ねて急〔いそ〕ぎ候ふ程〔ほど〕に。
何〔いづ〕處〔く〕とも知〔し〕らぬ山〔やま〕路〔ぢ〕に分〔わ〕け迷〔まよ〕ひ候ふぞや。
こゝに怪〔あや〕しき巖〔いはほ〕の陰〔かげ〕より。
吹〔ふ〕き來〔く〕る風〔かぜ〕のかうばしく。
松〔シヨウ〕桂〔ケイ〕の枝〔えだ〕を引〔ひ〕き結〔むす〕びたる菴〔いほり〕あり。
若〔も〕し彼〔かの〕仙〔セン〕境〔キヤウ〕にてもや候ふらん。
暫〔しばら〕く此〔この〕あたりに徘〔ハイ〕徊〔クワイ〕し。
事〔こと〕の由〔よし〕を窺〔うかゞ〕はゞやと思〔おも〕ひ候
・
〔シテサシ〕
「瓶〔かめ〕に谷〔コク〕漣〔レン〕一〔イツ〕滴〔テキ〕の水〔みづ〕を納〔をさ〕め。
※庵の内にて獨言するものあり。
谷の淸水を瓶に汲み入れては酒に代へ。靑山に棚引く幾村雲の下霞を煎じ出だしては湯茶となす意。
鼎〔かなへ〕には靑〔セイ〕山〔ザン〕數〔ス〕片〔ヘン〕の雲〔くも〕を煎〔セン〕ず。
曲〔キヨク〕終〔を〕へて人〔ひと〕見〔み〕えず。
※曲終人不見。江上數峰靑。唐の錢起の詩。
琴など彈じ終りても語るべき友は無く。
唯谷水の上に幾峰が靑々と影をうつして立てるを見るばかりの意。
(※省試湘靈鼓瑟 錢起
善鼓云和瑟 常聞帝子靈
馮夷空自舞 楚客不堪聽
苦調凄金石 清音入杳冥
蒼梧來怨慕 白芷動芳馨
流水傳湘浦 悲風過洞庭
曲終人不見 江上數峰青)
江〔コウ〕上〔ジヨウ〕數〔ス〕峯〔ハウ〕靑〔あを〕かりし。
梢〔こずゑ〕も今〔いま〕は紅〔くれなゐ〕の。
秋〔あき〕の氣〔ケ〕色〔シキ〕は面〔おも〕白〔しろ〕や。
・
〔ワキ級〕
「如何〔いか〕に此〔この〕菴〔いほり〕の内〔うち〕へ申〔まう〕すべき事〔こと〕の候。
〔シテ〕
「不〔フ〕思〔シ〕議〔ギ〕やこゝは髙〔カウ〕山〔ザン〕重〔チヨウ〕疊〔デフ〕として。
人〔ジン〕倫〔リン〕通〔かよ〕はぬ所〔ところ〕なり。
そも御〔おん〕身〔み〕は如何〔いか〕なる者〔もの〕ぞ。
〔ワキ〕
「是〔これ〕は唯〔たゞ〕山〔やま〕路〔ぢ〕に踏〔ふ〕み迷〔まよ〕ひたる旅〔リヨ〕人〔ジン〕なるが。
日〔ひ〕もやうやう暮れかゝり前〔ゼン〕後〔ゴ〕を忘〔バウ〕じて候。
一〔イチ〕夜〔ヤ〕の宿〔やど〕を御〔おん〕かし候へ。
〔シテ〕
「さればこそ人〔ニン〕間〔ゲン〕の交〔まじは〕りあるべき所〔ところ〕ならず。
とくとく歸〔かへ〕り給〔たま〕へとよ。
〔ワキ〕
「そも人〔ニン〕間〔ゲン〕の交〔ましは〕りなきとは。
さては天〔テン〕仙〔セン〕の住〔すみ〕家〔カ〕やらん。
先〔まづ〕々〔まづ〕姿〔すがた〕を見〔み〕せ給〔たま〕へ。
〔シテ〕
「此〔この〕上〔うへ〕は耻〔はづ〕かしながら我〔わが〕姿〔すがた〕。
旅〔リヨ〕人〔ジン〕にまみえ申〔まう〕さんと。
〔地〕
「柴〔しば〕の扉〔とびら〕を押〔お〕し開〔ひら〕き。
〃。
立〔た〕ち出〔い〕づる其〔その〕姿〔すがた〕。
綠〔みどり〕の髮〔かみ〕の生〔お〕ひ上〔のぼ〕る。
※梳りもせぬ髮なれば逆立ちたるまゝなるを。角の生ひ立ち上るに言ひ掛く。
牡〔を〕鹿〔しか〕の角〔つの〕の束〔つか〕の間〔ま〕も。
※牡鹿の角の、額に生ひたる一本の角を鹿の角に比していふ。
※束の間も、新古今集戀の部に柿本人丸。
「夏野ゆく牡鹿の角の束の間も。忘れず思へ妹が心を。」
束の間は僅かの時間をいふ。角ほどの長さの間もとなり。
一寸ほどの時間などいはんが如し。
(※萬葉卷四
夏野去小壯鹿之角乃束間毛妹之心乎忘而念哉
なつぬゆくをしかのつぬのつかのまも
いもがこころを
わすれてもへや(雅澄)
新古今戀五、大觀1374
なつのゆくをしかのつのゝつかのまも
わすれすおもへ
いもかこゝろを)
仙〔セン〕人〔ニン〕を。
今〔いま〕見〔み〕る事〔こと〕ぞ不〔フ〕思〔シ〕議〔ギ〕なる。
〔ワキ詞〕
「唯〔たゞ〕今〔いま〕思〔おも〕ひ出〔い〕だして候。
これは承〔うけたまは〕り及〔およ〕びたる一〔イツ〕角〔カク〕仙〔セン〕人〔ニン〕にて御〔ゴ〕座〔ザ〕候ふか。
〔シテ〕
「さん候〔ざふらふ〕是〔これ〕こそ一〔イツ〕角〔カク〕と申〔まう〕す仙〔セン〕人〔ニン〕にて候。
さてさてめんめんを見〔み〕申〔まう〕せば。
世〔よ〕の常〔つね〕の旅〔リヨ〕人〔ジン〕に非〔あら〕ず。
さも美〔うつく〕しき宮〔キウ〕女〔ヂヨ〕の姿〔すがた〕。
桂〔かつら〕の黛〔まゆずみ〕羅〔ラ〕綾〔リヨウ〕の衣〔きぬ〕。
※桂黛、桂は月の異名。三日月の如き眉墨をいふ。美人の形容。
※羅綾の衣、うすものゝ綾の衣にて美服の形容。
更〔さら〕に唯〔たゞ〕人〔びと〕とは見〔み〕え給〔たま〕はず候。
是〔これ〕は如何〔いか〕なる人〔ひと〕にてましますぞ。
〔ワキ〕
「さきに申〔まう〕す如〔ごと〕く。
踏〔ふ〕み迷〔まよ〕ひたる旅〔リヨ〕人〔ジン〕にて候。
旅〔たび〕の疲〔つかれ〕の慰〔なぐさみ〕に。
酒〔シユ〕を持〔も〕ちて候ふ一〔ひと〕つ聞〔きこ〕し召〔め〕され候へ。
〔シテ〕
「いや仙〔セン〕境〔キヤウ〕には松〔マツ〕の葉〔ハ〕をすき。
※松の葉をすき、松の葉を食とするをいふ。
苔〔こけ〕を身〔み〕に着〔き〕て桂〔かつら〕の露〔つゆ〕を嘗〔な〕め。
年〔とし〕經〔ふ〕れども不〔フ〕老〔ラウ〕不〔フ〕死〔シ〕の此〔この〕身〔み〕なり。
酒〔シユ〕を用〔もち〕ふる事〔こと〕有〔あ〕るまじ。
※前の谷漣一滴の句に應ず。
〔ワキ〕
「尤〔もつとも〕仰〔おほせ〕はさる御〔おん〕事〔こと〕なれども。
唯〔たゞ〕志〔こゝろざし〕を受〔う〕け給〔たま〕へと。
夫〔ブ〕人〔ニン〕は酌〔シヤク〕に立〔た〕ち給〔たま〕ひ。
仙〔セン〕人〔ニン〕に酒〔さけ〕を進〔すゝ〕むれば。
〔シテ〕
「實〔げ〕に志〔こゝろざし〕を知〔し〕らざらんは。
鬼〔キ〕畜〔チク〕には猶〔なほ〕劣〔おと〕るべしと。
※無情殘酷なる鬼や畜生にも劣るの意。
〔地〕
「夕〔ゆふ〕べの月〔つき〕の盃〔さかづき〕を。
〃。
※劣るべしと「言ふ」を「夕べ」に言ひ掛く。盃の形を月に見なして月の盃といへり。
受〔う〕くる其〔その〕身〔み〕も山〔やま〕人〔びと〕の。
折〔を〕る袖〔そで〕匂〔にほ〕ふ菊〔きく〕の露〔つゆ〕。
うち拂〔はら〕ふにも千〔ち〕代〔よ〕は經〔へ〕ぬべき。
契〔ちぎり〕は今日〔けふ〕ぞ始〔はじ〕めなる。
〔夫人〕
「面〔おも〕白〔しろ〕や盃〔さかづき〕の。
めぐる光〔ひかり〕も照〔て〕り添〔そ〕ふや。
※盃のめぐるを月のめぐるに言ひ掛く。
紅葉〔もみぢ〕重〔がさね〕の袂〔たもと〕を。
※衣の重ねの色目にて表紅浦靑。又は表紅裏濃紅。
紅葉に月の照り添ふに言ひ掛けて美服を形容す。
共〔とも〕に飜〔ひるがへ〕しひるがへす。
舞〔ブ〕樂〔ガク〕の曲〔キヨク〕ぞおもしろき。
※能にては夫人まづ舞ひ。興に乘じて仙人又舞ひ出づ。
・
(樂)
・
〔地〕
「糸〔シ〕竹〔チク〕の調〔しら〕べとりどりに。
〃。
※糸竹の調べ、管絃の音色。
※とりどりに、笛も琴もそれぞれに面白きをいふ。
さす盃〔さかづき〕も度〔たび〕々〔〃〕めぐれば。
※盃もめぐり舞人もめぐるなり。
夫〔ブ〕人〔ニン〕の情〔なさけ〕に心〔こゝろ〕を移〔うつ〕し。
仙〔セン〕人〔ニン〕は次〔シ〕第〔ダイ〕に足〔あし〕弱〔よわ〕車〔ぐるま〕の。
※足弱車の、醉めぐりて足のよろめき出だしたるをいふ。
足弱車は輪の弱き車なるを。車の文字より「めぐる」の詞を呼び出す。
めぐるもたゞよふ。
舞〔まひ〕の袂〔たもと〕を片〔かた〕しき臥〔ふ〕せば。
※片しき臥せば、寢る時は片方の袂を下に敷く故にいふ。
夫〔ブ〕人〔ニン〕は悅〔よろこ〕び官〔クワン〕人〔ニン〕を引〔ひ〕き連〔つ〕れ。
遙〔はる〕々〔ばる〕なりし山〔やま〕路〔ぢ〕を凌〔しの〕ぎ。
帝〔テイ〕都〔ト〕に歸〔かへ〕らせ給〔たま〕ひけり。
・
〔地〕
「かゝりければ岩〔いは〕屋〔や〕の内〔うち〕しきりに鳴〔メイ〕動〔ドウ〕して。
天〔テン〕地〔チ〕も響〔ひゞ〕くばかりなり。
・
〔シテ〕
「あら不〔フ〕思〔シ〕議〔ギ〕や思〔おも〕はずも。
人〔ひと〕の情〔なさけ〕の盃〔さかづき〕に。
醉〔ゑ〕ひ伏〔ふ〕したりし其〔その〕隙〔ひま〕に。
龍〔リウ〕神〔ジン〕を封〔フウ〕じこめ置〔お〕きし。
岩〔いは〕屋〔や〕の俄〔にはか〕に鳴〔メイ〕動〔ドウ〕するは。
何〔なに〕の故〔ゆゑ〕にて有〔あ〕るやらん。
〔龍神〕
「如何〔いか〕にやいかに一〔イツ〕角〔カク〕仙〔セン〕人〔ニン〕。
人〔ニン〕間〔ゲン〕に交〔まじは〕り心〔こゝろ〕を迷〔まよ〕はし。
無〔ム〕明〔ミヤウ〕の酒〔さけ〕に醉〔ゑ〕ひ伏〔ふ〕して。
※酒は心を亂し暗ますものなれば佛家にては無明と名づく。
徒に妄想の繩に縛せられて空しく無明の酒に醉ふなどいへり。
通〔ツウ〕力〔リキ〕を失〔うしな〕ふ天〔テン〕罰〔バツ〕の。
※通力、神通の力。
報〔むく〕いの程〔ほど〕を思〔おも〕ひ知〔し〕れ。
・
〔地〕
「山〔やま〕風〔かぜ〕あらく吹〔ふ〕き落〔お〕ちて。
〃。
空〔そら〕かき曇〔くも〕り。
岩〔いは〕屋〔や〕も俄〔にはか〕にゆるぐと見〔み〕えしが。
磐〔バン(盤)〕石〔ジヤク〕四〔シ〕方〔ハウ〕に破〔やぶ〕れ碎〔くだ〕けて。
諸〔シヨ〕龍〔リウ〕の姿〔すがた〕は顯〔あらは〕れたり。
〔シテ〕
「其〔その〕時〔とき〕仙〔セン〕人〔ニン〕驚〔おどろ〕きさわぎ。
〔地〕
「其〔その〕時〔とき〕仙〔セン〕人〔ニン〕驚〔おどろ〕きさわぎ。
利〔リ〕劔〔ケン〕をおつ取〔と〕り立〔た〕ち向〔むか〕へば。
龍〔リウ〕王〔ワウ〕は瞋〔シン〕恚〔ヰ〕の甲〔カツ〕冑〔チウ〕を帶〔タイ〕し。
邪〔ジヤ〕見〔ケン〕の劔〔つるぎ〕の刄〔は〕先〔さき〕を揃〔そろ〕へ。
一〔イチ〕時〔ジ〕が程〔ほど〕は戰〔たゝか〕ひけるが。
仙〔セン〕人〔ニン〕神〔ジン〕通〔ヅウ〕の力〔ちから〕も盡〔つ〕きて。
次〔シ〕第〔ダイ〕に弱〔よわ〕り倒〔たふ〕れ伏〔ふ〕せば。
龍〔リウ〕王〔ワウ〕よろこび雲〔くも〕を穿〔うが〕ち。
雷〔かみ〕鳴〔なり〕稻〔いな〕妻〔づま〕天〔テン〕地〔チ〕に滿〔み〕ちて。
大〔タイ〕雨〔ウ〕を降〔ふ〕らし洪〔カウ〕水〔ズヰ〕を出〔い〕だして。
立〔た〕つ白〔しら〕波〔なみ〕に飛〔と〕び移〔うつ〕り。
立〔た〕つ白〔しら〕波〔なみ〕に飛〔と〕び移〔うつ〕つて。
※仙人の失ひたる通力は忽ち龍神に呼び返されて。自ら起したる洪水に乘じて故鄕の龍宮に歸る仙人の恨は彼海にも劣らざるべし。
又〔また〕龍〔リウ〕宮〔グウ〕にぞ歸〔かへ〕りける。
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