蚊頭囉岐王——小説58
以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
那岐紗亂聲
かク聞きゝ女アりき名を斗美遠迦ノ那岐紗ト曰ふ齡二十八なリき比登らが古與美ノ貮仟什九年なりき故レ登璃伎與斗璃麻裟ト俱なりて齡すデに拾七ノ年を數へき斗璃伎與ひトり美夜士摩にありて内臓中にさシこまれたるチューブの内にそノ肉腫を肥大化させたり故レ斗璃摩娑ひトり斗宇伎夜宇ノ志布夜にありき故レ爾に那岐紗ひトり斗唎麻娑に戀ふ故レ斗唎麻娑を部屋に奪ヒ去りてカーテンだに閉ジられたレば光も差さヌうチに娑娑彌氣囉玖
盗み見た
愛されるべきだった
霑れた色彩
わたしは
だらしない唇に
あなたに
狂いはじめた唇に
わたしがあなたを愛したからというわけではなくて
雫は埀れた
愛されるべきだった
唾液
あなたに
ふいにこぼれた淚のような
わたしがあなたほどにもうつくしいというわけではなくて
アルコールの?
愛されるべきだった
盗み見た
宿命として
たゞその沾らした
わたしはあなたに奪われた
色もないその色彩を
あなたはわたしを監禁した
かくて登唎麻紗
閉じ込めて
娑娑彌氣囉玖
聲を聞く
あげよう
響き籠るばかりでかたちのない
あなたに
人の聲を
欲しいなら
聲のつらなりを
あげよう
聲を聞く
あなたに
ただ孤独をだけ
唇を
孤立の中に
齒を
孤独を思った
眼球を
かくて那岐紗
心臓さえも
爾に都儛耶氣良玖
逢った。
渋谷のクラブで。
昏い光。
あざやかな光。
それらの氾濫。
聲の無造作な反響の中に。
音響は響く。
逢った。
見ず知らずのうつくしい獸に。
どうやって入ったのかも判らない少年。
あきらかな未成年の。
美しい獸。
複雜な照明が一層に幼く見せたに違いなかった。
獸が喰いちぎる夢を見た。
醒めた眼差しに。
わたしのやわらかい肉に立つ牙。
その痛みを噛んだ。
だからわたしは少年にふれた。
その腕に。
笑んだわたしに少年はさゝやく。
鳥雅。
あなたは?
わたしは知った。
すでにわたしの唇が獸にさゝやいてしまったあとだったことを。
誰?
と。
あなたは誰?
と。
だから落とした。
強情な獸の乾いた喉に。
喉にふれるそのアルコールに。
不遜な躰の中をすゝぐアルコールに。
アルコールの瓶のそこに。
藤平裕太から奪った小さな錠剤。
強情な獸をねじふせる爲に。
その牙がわたしを噛み千切るから。
かくて那岐紗醉いツぶれたる少年を部屋に運ビき那岐紗步ひて數分のマンションの十二階に住ミき故レ多癡婆那ノ阿由美ひトり登唎麻紗をかつぎてエレベーターに乘りき故レ阿由美ひとり那岐紗と俱なりて娑娑彌氣囉玖
喰っちゃうの?
目眩がした
犯罪じゃない?
クラブの湿気
そういう趣味?
誰かの汗の
やばくない?
分泌液の
未成年じゃん
湿気にやられて
家で少年?
その充満に
やばくない?
目眩がした
かくて那岐紗
犯罪だぜ
爾に都儛耶氣良玖
取り殘される。
笑いながらドアを閉めた歩に。
橘歩はひとりで下に降りたから。
歩はわたしを抱きはしない。
子供を捨てた女を恐れて。
家を迯げた女を恐れて。
橘歩はわたしを知らなかった。
わたしの悲しみも痛みも喜びも。
わずかの微笑さえも。
まばたく。
差し込むから。
昏い部屋の中に。
月の。
星の。
都市の。
それら無数のだれかの光り。
だれかも見た光り。
何かの光り。
何かも見た光り。
他人の光り。
地表の音響は響かない。
十二階だから。
まして一度も聞こえはしない。
地表を掩うさゝやき聲は。
わたしは見止める。
まるではじめからそこに居たように。
少年の眠る姿の火照り。
夜の光に。
ベッドの上に。
わたしの殘した体臭の中に。
嗅ぐ。
その汗の匂いを。
彼はわたしを抱けはしない。
彼はすでに眠っているから。
肉躰など求めない。
彼はわたしを罵りはしない。
嘲りも。
眠るうちには。
愛しも。
憎みも。
見つめもしない。
求めはしない。
心など。
その心など求めなかった。
わたしは求めた。
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