蚊頭囉岐王——小説40
以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
破琉哿亂聲
かク聞きゝ比登らノ古與美貮仟拾六年蚊頭囉岐ノ且ツは加我ノ且つハ古布ノ登璃伎與及び斗唎摩沙ふタり俱なりテ軈而十四にナるそノ二月爾に爛れ瀛ミ薰る登璃伎與そノ腫瘍彌肥えサせ左丹ツ羅ふ斗璃摩娑たゞひとすヂにも綺羅らシく匂ひ立チたり故レ比登の女ら且ツは比登の男らアまた斗利麻紗に戀ひタりき爾に女あリ女齡十九なりき名を蚊斗宇ノ破琉那ト曰ふ島ノ女なりき斗璃摩沙知らず知ラずにそノ髮をシ馨らすまゝ破琉那ひトり斗璃摩沙に戀ヒ焦がれタりき爾に破琉那ひトりシて神社わきノ海に游ビたりき斗璃麻娑同ジくに海にありき友ラふたりと俱なり故レ女斗璃摩娑を見出シたれば哿摩米飛びかひ爾に破琉那ひトり娑娑彌氣囉玖
鳥の羽搏く音を聞く
頬さえも
その夜
唇さえも
淺い夢の内にも
瞼さえも
醒めかけの
もはやすべてが熱を囓んだ
その瞼のわずかな痙攣にさえも
戀として?
畢てはじめた夜の空に
あるいはむしろ
それは何の?
ひたすらに冴えた憎しみさえにも似て
例えば鳩の?
咬みつく
淺い夢の畢てはじめた色のうちに
痛み
例えば白鷺
噎せ返る胸は
羽搏く一度の短い音を
痛む
わたしは聞いた
歯型を
むしろ心の右上のほうに
甘い味としてたゞ
かクて斗璃摩娑
やわらく咀嚼した
爾に海邊に雲ノ間に光さシて
飽きず何度も
都儛耶氣良玖
女がいた。
かつて。
加藤春奈という名の女。
俺の辛うじて人だった頃に。
女。
だから女がいる。
ふりかえれば。
岸邊の上に。
加藤春奈という名の女。
ひとりで昏い翳りにひとりだけ咬みつかれたような。
女。
その目の色。
だから見た。
その目を。
俺はあえて春奈を返り見ないで。
その目を。
その眼差しの中に俺だけを見つめた。
遠くから。
まるで近くにいるかのように。
敢えて俺に気付かれないように。
だから感じる。
春奈を。
近くにも。
遠い岸邊に捨て置いた儘。
だから見ていた。
春奈は。
息を潜めて。
俺を。
その十九歳の女。
本土の大學にも行かずに時間をつぶした。
仕事もせずに暇だけを食った。
もてあます自分の倦怠ごとに。
波が響いた。
足元に。
春奈のまばたきを知っていた。
背後に。
砂浜と陸の切れ目に。
石垣の上に。
俺と和葉はささやく。
砂浜と波の切れ目に。
何を?
忘れた。
俺と獦馬が笑った。
波と砂浜の切れ目に。
波の中に。
何故?
忘れた。
見た。
春奈は。
彼女だけのその眼差しに。
自分に無理に信じ込ませようとしたようにも。
僞りを。
例えば俺がその目の前に存在していないと?
見た。
その空の下に。
俺だけを?
見なかったふりをして。
見えもしなかったふりをして。
潮騒のしずかな遠い響き。
四維に鳴るそのひゞきの中に。
すでにまともに生きることをやめていた。
春奈は。
十三歳の時から。
彼女はまともではなかったから。
彼女はそう知っていたから。
知っていた。
俺は。
春奈は見なした。
自分を。
誰もの手のひらこぼれ墜ちた失敗作、と。
すでに。
誰の言うことも聞かなかった。
周囲にむらがるその眼差しの中で。
彼女がもうすぐ本当の自分に戾る違いないと勝手に信じ込まれたその眼差しの中で。
彼女はすでに取り返しようもなく壞れていた。
彼女はそう知っていたから。
知っていた。
俺は。
だから十三歳の時から学校には行かなかった。
春奈は。
或は行けなかった。
春奈は。
なぜ?
何かに抗ったわけではなかった。
何かを恐怖したわけではなかった。
何かを赦せなかったわけではなかった。
生まれて來なければよかったと思った。
春奈は。
生きていける筈もないのなら。
誰もが理由を求めたその眼差しの群れの容赦なさに春奈はひとり怯えた。
彼等の眼差しに取り囲まれた中に。
敎師の女のほうが云った。
——大丈夫、と。
何が?
と。
春奈は見つめた。
諫めるように。
自分を見つめたその目の黑い無機物の色。
その先に開いているにい違いない昏いだけの孔。
敎師が云った。
——だから、ちょっとだけ敎えて、と。
何を。
と。
春奈は見つめた。
憐れむように。
思う、あなたはもう答えなど知っている。
いつでもあなたは告白を命じてただ確認するように聞く。
そのすでに知っていた事実をだけを。
——どうして?
と。
——どうしてかな?
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