蚊頭囉岐王——小説35


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



娑娑彌氣囉玖

 待ってゝ

  大丈夫?

 こゝで

  ひとりでいられる?

 ひとりで

  大丈夫?

 待ってゝ

  怖くないから

 酉淨のところに…

  すぐ歸るから

 俺、…ね?

  ここで

 待ってゝ

  ひとりで

 こゝで

  大丈夫

 ちょっとだけ

  すこしだけ

 待ってゝ

かくて伎與麻娑爾に

  …ね?

都儛耶氣良玖

 彼も流したに違いなかった。

  ぼくたちは血に塗れ続けるのだろう。

 その同じ血を。

  生まれたときから。

 女たちの血。

  死ぬとき迄。

 珠美と同じその血を彼も。

  すでにもう、ぼくたちは。

 腫瘍の咬んだ肉のどこかに。

  血管の中に血にまみれた。

 その血を彼も。

  滲む組織のなかで血にまみれた。

 此の時に彼も。

  その細胞は。

 塗れたにちがいない。

  ぼくたちはだからいつも血まみれ。

 自分の流した他人の血に。

かくて雪の中にもバイクに乘りテ走りゆく伎與麻娑を見たル斗璃摩娑ひとり娑娑彌氣囉玖

 流れ出す血の

  滲みだす

 匂いを嗅いだ

  血

 さゝやくように

  滲みだす

 耳元に

  赤みのある先端に滲み

 さゝやかれたように

  零れて落ちる

 思い出した

  血のその雫

 それがほんとうは

  怯えるべき?

 躰内に流れているべきものだということ

  おのゝくべき?

 その事実をだけ

  どうすればいゝ?

 意味もなく

かくて斗璃摩娑爾に

  こゝにひとりで?

都儛耶氣良玖

 わたしは見ていた。

 すでにそのときに。

 酉淨の分厚い皮につぶれた双眇。

 その眼差しの中に。

 酉淨の發熱する瘤にうずもれた双眇。

 その眼差しの中に。

 血の紅に染まった眼差しに。

 涙腺にだにも滲みだす。

 零れ落ちる血。

 穴。

 鼻の。

 かろうじて押しつぶされずにひとつだけのこった鼻の孔に。

 チューブに逆流した血のにじみを。

 見た。

 二本のチューブを咬んだ口が吐く。

 喉にしずかに逆流する血を。

 からませあって。

 腫瘍の下に。

 腫瘍さえも汚された。

 自分の血に。

 血にまみれていた。

 すでに。

 切り開かれた尿道に刺したチューブさえもが。

 なにもかも。

 切り開かれた肛門に刺したチューブさえもが。

 滲みだす。

 毛孔にさえも。

 あふれだす血。

 酉淨の肌を紅に。

 穴。

 つぶれかけの孔。

 耳たぶの無いその穴をも。

 半分だけ殘ったその耳の孔をも。

 聞いた。

 血の色のこちらに。

 騒音を聞く。

 轟音のように。

 あわてふためく聲の群れ。

 慄き。

 喚くにも似て。

 酉淨の耳は周圍に立ったそれらを聞いた。

 わたしは聞いた。

 酉淨の耳に。

 同じように。

 同じその血をにじませながらも。

 感じていた。

 酉淨は熱に包まれていた。

 その全身を。

 不意の發熱。

 髙温にさえ血は。

故レ娑娑彌氣囉玖

 噎せ返る

  舐めた

 熱に

  舌は

 わたしの肉は

  歯茎に滲んだ

 酉淨の

  初潮の血

 彼の肉は

  その血の味を

 噎せ返る

  舐めた

 全身に熱

  その温度

かくて爾に

 血の味にさえも

都儛耶氣良玖

 夢を見た。

 噎せ返る血と肉の発熱の味なすなかに。

 夢を見た。

 何を?

 浮かぶ。

 綺羅らぐ四方の海に。

 浮かぶ。

 泳ぎもせずに。

 舩さえもなく。

 魚の気配も。

 水母の影も。

 すでに肉躰はなかった。

 それぞれの細胞の群れがたゆたう。

 浪の面にも。

 その深いそこにも。

 面の下にも。

 波打つ須臾の纔かのしぶきにも。

 それ。

 珠散る瞬時の飛沫にさえも。

 水に溶けあうこともなくにも。

 わたしはすでに複数のわたしたちにすぎなかった。

 故に。

 わたしたちは爾に海にたゆたう。

 わたしたちは爾に波に由羅らぎ四方の海にも。

 差していた。

 白濁の空。

 霧れる天の下。

 落ちた筋。

 ひとすじの。

 埀らした鋭い絹衣のように。

 あざやかな光の。

 筋。

 切れた雲の落とした光の。

 海は綺羅らぐ。

 時じくそ猶も。

 海は綺羅らぐ。

樂亂序ノ二蚊頭囉岐王舞第二

啞ン癡anti王瑠我貮翠梦organism Ⅱ

2021.01.07-08.黎マ








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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