摩訶般若波羅蜜經(小品般若波羅蜜經)卷第三


小品般若波羅蜜經卷第三

後秦龜茲國三藏鳩摩羅什譯

● 佐助品第六

● 廻向品第七

● 泥犁品第八



小品般若波羅蜜經卷第三

● 佐助品第六

佛告げて釋提桓因に言たまはく、

「憍尸迦。

 若し有る善男子、善女人、閻浮提衆生に十善道の行を敎ふ。

 その意に於て云何。

 是の人、是の因緣を以て得る福多きや不や」と。

釋提桓因言さく、

「甚だ多き、世尊」と。

佛言たまはく、

「憍尸迦。

 善男子、善女人に如かざる、般若波羅蜜經卷を以て他人に與へ書寫し讀誦し得しめば其の福甚だ多し。

 憍尸迦。

 是れ閻浮提衆生をは置き、若しは復、有る人、四天下衆生に敎へ十善道を行ぜしめたる是の四天下をも置き、若しは周梨迦小千世界、若しは二千中世界、若しは三千大千世界衆生、若しは十方如恒河沙等世界衆生に敎へて十善道を行ぜしむ。

 その意に於て云何。

 是の人、是の因緣を以ての故に得る福多きや不や。」

釋提桓因言さく、

「甚だ多き、世尊」と。

佛言さく、

「憍尸迦。

 如からざる善男子、善女人、般若波羅蜜經卷を以て他人に與へ書寫し讀誦し得せしめば其の福甚だ多し。

 復、次に憍尸迦。

 若しは有る善男子、善女人、閻浮提衆生に敎へ行ぜしむるは四禪、四無量心、四無色定、五神通なりて是の人、是の因緣を以て得る福多きや不や。」

釋提桓因言さく、

「甚だ多き、世尊」と。

佛言たまはく、

「憍尸迦。

 如からざる善男子、善女人、般若波羅蜜經卷を以て他人に與へ書寫し讀誦し得さしめて其の福甚だ多し。

 憍尸迦。

 是れ閻浮提及び三千大千世界の衆生をは置きて乃ち十方如恒河沙等世界の衆生に至るまでに敎へ行さしむるは四禪、四無量心、四無色定、五神通なりてその意に於て云何。

 是の人是の因緣を以て得る福多きや不や。」

釋提桓因言さく、

「甚だ多き、世尊」と。

佛言たまはく、

「憍尸迦。

 如からざる善男子、善女人、般若波羅蜜經卷を以て他人に與へ書寫し讀誦し得さしめば其の福甚だ多し。

 復、次に憍尸迦。

 若しは有る善男子、善女人、般若波羅蜜經卷を以て他人に與へ書寫し讀誦し得さしめ、如からざる善男子、善女人また自ら他人が爲に讀誦せば其の福甚だ多し。

 復、次に憍尸迦。

 若し善男子、善女人、自ら他人が爲に般若波羅蜜を讀誦し、如からざる善男子、善女人も自ら、他人が爲に其の義を解說せば其の福甚だ多し。」

是の時に釋提桓因白して佛に言さく、

「世尊。

 應に何等の人にか般若波羅蜜の義を解說すべき」と。

佛言たまはく、

「憍尸迦。

 若し善男子、善女人有り般若波羅蜜義を知らざればその爲の故に應に其の義を解說すべし。

 何を以ての故に。

 憍尸迦。

 未來世、當に般若波羅蜜に相似する有るべければ。

 善男子、善女人、是の中に於て阿耨多羅三藐三菩提を得んと欲するに是の般若波羅蜜の相似を聞かば則ち違錯有らん。」

釋提桓因言たまはく、

「世尊。

 何等か是れ般若波羅蜜の相似なる」と。

「憍尸迦。

 當來世、比丘有りて、般若波羅蜜を說かんと欲して而して般若波羅蜜に相似したるを說かん。」

「世尊。

 云何が諸比丘ら、般若波羅蜜に相似するを說く。」

佛言たまはく、

「諸比丘ら、說言するは色是れ無常なりと。若し是の如く求むれば、是れ般若波羅蜜の行と爲すと。

 受想行識是れ無常なりと。若し是の如く求むれば、是れ般若波羅蜜の行と爲すと。

 憍尸迦。

 是れ名づけて般若波羅蜜の相似を說くとす。

 憍尸迦。

 壞さざる色の故に色、無常と觀じ、壞さざる受想行識の故に識無常と觀じ、是の如き觀を爲せば是れ、名づけて般若波羅蜜の相似を行ずとす。

 憍尸迦。

 是の因緣を以ての故に、菩薩、般若波羅蜜の義を說くに其の福甚だ多し。

 復、次に憍尸迦。

 若し有る善男子、善女人、閻浮提衆生に敎へ須陀洹果を得さしめば、その意に於て云何。

 是の人是の因緣を以て其の福多きや不や。」

釋提桓因言さく、

「甚だ多し、世尊。」

佛言さく、

「憍尸迦。如からざる善男子、善女人、般若波羅蜜經卷を以て他人に與へ書寫し讀誦し得さしめて是の言を作さく、『汝當に是れ般若波羅蜜に應ずる功德を得べし』と。

 其の福甚だ多し。

 何を以ての故に。

 須陀洹果、般若波羅蜜從り出づるが故に。

 憍尸迦。

 是れ閻浮提及び三千大千世界の衆生をは置きて乃ち十方恒河沙等の如き世界の衆生に至るにまで須陀洹果を得さしめば、その意に於て云何、是の人是の因緣を以て其の福多きや不や。」

釋提桓因言さく、

「甚だ多き、世尊」と。

佛言たまはく、

「憍尸迦。

 如からざる善男子、善女人、般若波羅蜜經卷を以て他人に與へ書寫し讀誦し得さしめて是の言を作さく、『汝當に是れ般若波羅蜜に應じて功德を得べし』と。

 其の福甚だ多し。

 何を以ての故に。

 須陀洹果、般若波羅蜜從り出づるが故に。

 復、次に憍尸迦。

 若し有る善男子、善女人、閻浮提衆生に敎へ斯陀含果、阿那含果、阿羅漢果、辟支佛道を得さしめば、意に於て云何、是の人是の因緣を以て其の福多きや不や。」

釋提桓因言さく、

「甚だ多し、世尊」と。

佛言たまはく、

「憍尸迦。

 如からざる善男子、善女人、般若波羅蜜經卷を以て他人に與へ書寫し讀誦し得さしめ是の言を作さく、『汝當に是れ般若波羅蜜に應じ功德を得べし』と。

 其の福甚だ多し。

 何を以ての故に。

 汝、學せる是の法が隨に當に薩婆若法を得べし、その隨に薩婆若法を得、當にその隨に斯陀含果を得べし、阿那含果を、阿羅漢果を、辟支佛道をも。

 憍尸迦。

 是の閻浮提及び三千大千世界の衆生をは置きて乃ち十方如恒河沙等世界の衆生に至るにまでも敎へ、斯陀含果を、阿那含果を、阿羅漢果を、辟支佛道をも得さしめば、その意に於て云何。

 是の人、是の因緣を以て其の福多きや不や。」

釋提桓因言さく、

「甚だ多き、世尊」と。

佛言たまはく、

「憍尸迦。

 如からざる善男子、善女人、般若波羅蜜經卷を以て他人に與へ書寫し讀誦し得させめ是の言を作さく、『汝當に是れ般若波羅蜜に應じ功德を得べし』と。

 其の福甚だ多し。

 何を以ての故に。

 汝、學ぶ是の法が隨に當に薩婆若法を得べし、その隨に薩婆若法を得、當にその隨に斯陀含果を得べし、阿那含果を、阿羅漢果を、辟支佛道を。

 復、次に憍尸迦。

 若しは閻浮提に滿てる衆生、皆、阿耨多羅三藐三菩提心を發し、若しは有る善男子、善女人、般若波羅蜜經卷を以て之れに與へ書寫し讀誦し得さしめば是の人、是の因緣を以て其の福多きや不や。」

釋提桓因言さく、

「甚だ多し、世尊」と。

佛言さく、

「憍尸迦。善男子、善女人に如かざる、般若波羅蜜經卷を以て一なる阿毗跋致菩薩に與へ是の念を作さく、『是の菩薩、是の中に於て學び當に能く般若波羅蜜を修習すべし』と。

 是の因緣を以て般若波羅蜜を增廣し流布せる福、彼に於て多なり。

 憍尸迦、是の閻浮提及び三千大千世界の衆生をは置き乃ち十方恒河沙等の如き世界の衆生に至るまでも皆、阿耨多羅三藐三菩提心を發す。

 若し有る善男子、善女人、般若波羅蜜經卷を以て之れを與へ書寫し讀誦し得さしむればその意に於て云何。

 是の人、是の因緣を以て其の福多きや不や。」

釋提桓因言さく、

「甚だ多き、世尊」と。

佛言たまはく、

「如からざる善男子、善女人、般若波羅蜜經卷を以て一阿毗跋致菩薩に與へ是の念を作さく、『是の菩薩、是の中に於て學び當に能く般若波羅蜜を修習すべし』と。

 是の因緣を以て般若波羅蜜を增廣し流布せる福、彼に於て多なり。

 復、次に憍尸迦。

 閻浮提に有らゆる衆生皆、阿耨多羅三藐三菩提心を發し、若しは有る善男子、善女人、般若波羅蜜經卷を以て之れを與へ爲に其の義を解せば、その意に於て云何。

 是の人、是の因緣を以て其の福多きや不や。」

釋提桓因言さく、

「甚だ多き、世尊」と。

佛言たまはく、

「憍尸迦。

 如からざる善男子、善女人、般若波羅蜜經卷を以て一なる阿毗跋致菩薩に與へ爲に其の義を解く福、彼に於て多なり。

 憍尸迦。

 是れ閻浮提及び三千大千世界の衆生をは置き乃ち十方恒河沙等の如き世界の衆生に至るまでににも敎へ皆、阿耨多羅三藐三菩提心を發し、若しは有る善男子、善女人、般若波羅蜜經卷を以て之れを與へ爲に其の義を解かば、その意に於て云何。

 是の人、是の因緣を以て其の福多きや不や。」

釋提桓因言さく、

「甚だ多き、世尊」と。

佛言たまはく、

「如からざる善男子、善女人、般若波羅蜜經卷を以て一なる阿毗跋致菩薩に與へ、爲に其の義を解く福、彼に於て多なり。

 復、次に憍尸迦。

 閻浮提に有らゆる衆生、皆、是の阿毗跋致菩薩なり。

 若し有る善男子、善女人、般若波羅蜜義を以て之れを敎へば、その意に於て云何、是の人、是の因緣を以て其の福多きや不や。」

釋提桓因言さく、

「甚だ多き、世尊」と。

佛言さく、

「憍尸迦。

 是の中に於て有る一菩薩、疾く阿耨多羅三藐三菩提を得ん。

 若しは有る人、般若波羅蜜義を以て之れを敎ふる福、彼に於て多なり。

 憍尸迦。

 是の閻浮提及び三千大千世界の衆生をは置き衆生乃ち十方恒河沙の如き等の世界の衆生に至るまでも皆、是の阿毗跋致菩薩なり。

 若し有る善男子、善女人、般若波羅蜜義を以て之れを敎へば、その意に於て云何、是の人、是の因緣を以て其の福多きや不や。」

釋提桓因言さく、

「甚だ多き、世尊」と。

佛言たまはく、

「憍尸迦。

 是の中に於て有る一菩薩、疾く阿耨多羅三藐三菩提を得ん。

 若し有る人、般若波羅蜜義を以て之れを敎する福、彼の於て多なり。」

爾の時に釋提桓因白して佛に言さく、

「是の如し、是の如し世尊。

 菩薩、阿耨多羅三藐三菩提に近づくが隨に轉じて般若波羅蜜義を以て應じて之れを敎へ亦、轉じて衣服飲食を、臥具醫藥を以て應じて而して之れを供養する其の福甚だ多し。

 何を以ての故に。

 世尊。

 法、應に爾れば。阿耨多羅三藐三菩提に近づき隨ひて得る福多に轉ず。」

爾の時に須菩提、讚めて釋提桓因に言さく、

「善哉、善哉、憍尸迦。

 汝、是れ聖弟子なり。

 法、應に諸菩薩らが阿耨多羅三藐三菩提を佐助し、安慰し護念すべし。

 若しは佛の、初めて阿耨多羅三藐三菩提心を發する時に過去諸佛ら及び諸弟子ら若しは六波羅蜜を以て安慰し佐助せざる者、阿耨多羅三藐三菩提を得る能はず。

 憍尸迦。

 佛、初めの發意の時に過去諸佛ら及び諸弟子ら、六波羅蜜を以て應じ安慰し佐助したるが故に阿耨多羅三藐三菩提を得き。」

● 廻向品第七

爾の時に彌勒菩薩、須菩提に語らく、

「菩薩摩訶薩、福德に隨喜し、餘の衆生に於ても布施し持戒し修禪する福德、これ最大最勝、最上最妙なり」と。

爾の時に須菩提、彌勒菩薩に問へらく、

「若し菩薩、十方無量阿僧祇世界に於て過去の無量の滅度せる諸佛ら、是の諸佛ら初發心從り乃ち阿耨多羅三藐三菩提を得るに至り、無餘涅槃に入りて乃ち法の欲滅の時にまで至らん是の中間に於て、六波羅蜜に應じる有らゆる善根の福德あり。

 及び諸聲聞弟子らの布施、持戒、修禪の福德あり。

 有らゆる學無學の無漏の福德あり。

 及び諸佛の戒品、定品、慧品、解脫品、解脫知見品、大慈大悲、利安衆生、無量の佛法及び其の所說、是の法中從り衆生の受學し是れら諸の衆生の有らゆる福德あり。

 及び諸佛滅後に衆生の種ゑたるの福德ありて、合集し稱量したれば是れら諸の福德、最大最勝なり。

 最上最妙なりて以て心隨喜し隨喜し已りて阿耨多羅三藐三菩提に廻向す。

 是の觀を作さく、『我が此の福德、當に阿耨多羅三藐三菩提を得べし』と。

 若しは菩薩、是の念を作さく、『我是の心を以て阿耨多羅三藐三菩提に廻向すべし』と。

 如心の緣するの是れら諸緣、諸事、爲し得可きや不や」と。

彌勒言さく、

「是れら諸緣諸事、不可得なり。≪その如き(如)≫の心の取相なれば」と。

須菩提言さく、

「若し是れら諸緣諸事に爾らざる者、是の人將に想の顚倒無かるべし、見の顚倒無かるべし、心の顚倒無かるすべし。

 無常を謂ふに常なりと、苦を謂ふに樂なりと、不淨を謂ふに淨なりと、無我を謂ふに我なりとして想の顚倒を生じ、見は顚倒し、心だにも顚倒せん。

 若し諸緣諸事に如實なれば菩提も亦是の如くなりて心も亦是の如きなり。

 若し諸緣諸事に菩提及び心異なること無くば、何等をか是れ隨喜心とし阿耨多羅三藐三菩提への廻向とすや。」

彌勒言さく、

「須菩提。

 是の如き廻向法、新發意の菩薩に於て應ぜざることは前に說きき。

 所以は何。

 是の人の有らゆる信樂、恭敬、淨心、皆當に滅失すべければ。

 須菩提。

 是の如き廻向法、阿毗跋致菩薩に應ずるは前に說きき。

 若し善知識の相の隨に說かば、是の人是れを聞きれ驚れずして怖れずして沒せずして退かず、菩薩、福德に隨喜し應じて是の如く廻向し薩婆若の心を用て廻向せん。

 是の心即ち盡き即ち滅したれば。

 何等の心か是れ阿耨多羅三藐三菩提に廻向すや。

 若し心を用ひて心廻向せば是れ二心は俱ならず。又心性、廻向を得可からず。」

爾の時に釋提桓因、須菩提に語らく、

「新發意の菩薩、是の事を聞き將に驚怖無かるべきや。

 菩薩、今、云何が福德の隨喜を以て如實に廻向すや。」

爾の時に須菩提、彌勒菩薩に因して是の言を作さく、

「菩薩ら、過去諸佛らに於く道に已に斷行して已に滅しき。

 戲論盡きて蕀刺も減じき。重擔も除きて己利をも得き。

 結の有るも盡きて正智に解脫したりて心に自在を得たりき。

 無量阿僧祇世界中に滅度したまへ諸佛らの有らゆる善根、福德の勢力、及び諸弟子ら、諸佛所に於ける所種の善根、合集し稱量したる是れら諸の福德、最大最勝なり。

 最上最妙なりて以て心、隨喜し隨喜し已りて阿耨多羅三藐三菩提に廻向したれば是の菩薩、今當に云何が想の顚倒、見の顚倒、心の顚倒に墮さざるべき。

 若し是の菩薩、是の心を用て阿耨多羅三藐三菩提に廻向せば是の心中に於て心相は生ぜざりて則ち是れ阿耨多羅三藐三菩提に廻向せん。

 若しは是の菩薩、是の心中に於て而も心相を生ぜば則ち想の顚倒、見の顚倒、心の顚倒に墮さん。

 若しは菩薩の隨喜の時、是の心相を盡滅し如實に相に盡滅を知れば相法も盡滅し則ち廻向す可からじ。

 廻向する心も亦、是の如き相なりて、廻向するの法も亦、是の如き相なりて、若し能く是の如くに廻向せば是れ正しき廻向と名づく。

 菩薩摩訶薩ら應に福德に隨喜したるを以て是の如くに廻向すべし。

 若しは菩薩、過去諸佛に於ける有らゆる福德、幷び諸弟子ら及び凡夫人ら乃ち畜生らに至るまでも法に善根を種ゑたるを聞き、及び諸天龍夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、人非人等までも法を聞ききて應薩婆若心を發すを合集したる稱量の是れら諸福德、最大最勝なり。

 最上最妙なりて以て心隨喜し隨喜し已りて阿耨多羅三藐三菩提に廻向せん。

 若しは菩薩、是の念を作さく、『是の諸法は皆、盡滅したりき、廻向するの處も亦、盡滅したりき』と。

 是れ福德に隨喜し正しく阿耨多羅三藐三菩提に廻向すと名づく。

 又菩薩、是の如く法の有ること無きを知りて能く法に廻向せば是れ正しく阿耨多羅三藐三菩提に廻向すと名づく。

 若し菩薩、是の如く廻向せば則ち想の顚倒、見の顚倒、心の顚倒には墮さず。

 何を以ての故に。

 是の菩薩、廻向に貪せずして著せざるが故に是れ無上なる廻向と名づけたれば。

 若し有る菩薩、福德に於て法の取相を起こし分別を作さば則ち此の福德を以て廻向す能はず。

 何を以ての故に。

 是れ起法を作すは皆、是れ離相なれば。福德に隨喜して亦、是れ離相なれば。

 若し菩薩、起法を作すを念ひて皆離相あるを知れば當に知るべし是れ、般若波羅蜜の行と爲すと。

 又、諸の過去に滅度の佛ら、その善根福德も亦、是の如く廻向しこの廻向法を用てその性相も亦、是の如し。

 若し能く是の如くに知らば是れ正しき阿耨多羅三藐三菩提への廻向と名づく。

 何を以ての故に。

 諸佛ら、取相に廻向をするを許さざるが故に。

 若し法、過去に盡滅したりて是の法、相無かれば相を以て得る可からじ。

 若し是の如くにしても亦、分別せば是れ取相と名づく。

 若し是の如くにして亦は、分別せざれば是れ正しき廻向と名づく。

 云何が相を取らずして分別し而も能く廻向すとせん。

 菩薩、是の事を以ての故に應に般若波羅蜜の方便を學ぶべし。

 若し般若波羅蜜の方便を聞かざれば得ざれば則ち是の事に入る能はず。

 若し般若波羅蜜の方便を聞かずして得ずして則ち能く諸福德を以て正しき廻向する者、是處に有ることは無し。

 何を以ての故に。

 是の人過去に於いて諸佛身、及び諸福德皆、已に滅度したるに而して相を取り、分別し、是の福德を得て欲して以て廻向せんとしたるなれば。

 是の如き廻向、諸佛らは許さず亦、隨喜もせず。

 何を以ての故に。

 是れ皆、法に於て所得有るが故に。

 所謂、過去に於て滅度の諸佛ら取相を分別し所得有りて而も廻向せば即ち是れ大貪著なり。

 是の所得有る心を以て廻向する者、諸佛ら、大利益有りとは說かず。

 何を以ての故に。

 是の廻向を雜毒衰惱を爲すと名づけたれば。

 譬へば美食あり、其の中に毒有りて、好色香美も有りと雖も有毒なるを以ての故に之れを食らふ可からざるが如し。

 愚癡無智の人、若し此の食を食らはば初めその香美、意にかなふと雖も食欲消たる時に大苦報有らん。

 是の有る人の如くに不正に受け讀誦し其の義を解さざして而も諸弟子に敎へて廻向して語言すらく、『善男子、來れ』と。

『過去未來現在諸佛らの戒品、定品、慧品、解脫品、解脫知見品、幷び諸聲聞弟子及び凡夫人ら種ゑたるの善根、及び諸佛の衆生に與へ授けたる辟支佛の記、是の辟支佛が種ゑたるの善根及び菩薩の阿耨多羅三藐三菩提の受記、是の諸菩薩が種ゑたるの善根の如き、この合集したる稱量の是れら諸の福德に隨喜し隨喜し已りて阿耨多羅三藐三菩提に廻向せん』と。

 是の人、是の如くに廻向せば是の廻向、取相に分別したるが故に名づけて雜毒と爲す。

 雜毒を食らふが如くして所得有る者、廻向す有ることは無し。

 何を以ての故に。

 是れ所得有りて皆、是れら雜毒なるが故に。

 是れを以ての故に菩薩、應に是の如くに思惟すべし、『過去未來現在の諸佛らの善根の福德ありて應に云何が廻向すべき、名づけて正廻向に阿耨多羅三藐三菩提に至ると爲すべきや』と。

 若し菩薩、欲して諸佛らを謗せざらんとせば應に是の如き廻向なり。

 諸佛らの知りたまふ福德、何の相何の性、何の體何の實の如くに、我も亦、是の如くに隨喜し我、是の隨喜を以て阿耨多羅三藐三菩提に廻向せんとせば菩薩、是の如くに廻向せば則ち咎有ること無し。

 諸佛らを謗ぜずして是の如く廻向せば則ち雜毒ならず、亦は諸佛らが教への隨なりと名づく。

 復、次に菩薩應、福德への隨喜を以て是の如く廻向し、戒品、定品、慧品、解脫品、解脫知見品ありて、欲界に繫がらず、色界繫がらず、無色界繫がらずして過去に非ず、未來に非ず、現在に非ざるが如くして、繫の無きを以ての故に是れ福德に廻向す。

 亦、繫無かりて廻向する所の法も亦、繫無かりて迴向する處も亦、繫無し。

 若し能く是の如く廻向せば則ち雜毒ならず。

 若し是の如からずして廻向せば名づけて邪なる廻向と爲す。

 菩薩の廻向法、三世諸佛所の知る廻向の如くにして我も亦、是の如くにして阿耨多羅三藐三菩提に廻向せんとせば是れ正廻向と名づく。」

爾の時に佛、讚めて須菩提に言さく、

「善哉、善哉、須菩提。

 汝能く諸菩薩摩訶薩の作佛の事を爲す。

 須菩提。

 若し有る三千大千世界の衆生皆、慈悲喜捨心を行じて、四禪、四無色定、五神通あり、是の如からずする菩薩廻向の福德、最大なり最勝なり、最上なり最妙なり。

 復、次に須菩提。

 若し有る三千大千世界の衆生皆、阿耨多羅三藐三菩提心を發し是の一一の菩薩ら、恒河沙に等しき劫に於て所得有る心を以て恒河沙等の如き世界の衆生、衣服飲食、臥具醫藥、一切樂具、是の如き一一に供養し、菩薩皆、恒河沙に等しき劫に於て所得有る心を以て是の諸衆生、衣服飲食、臥具醫藥、一切樂具を以て供養せば、その意に於て云何。

 是の諸菩薩、是の因緣を以て得る福多きや不や。」

須菩提言さく、

「甚だ多き、世尊。

 譬喩す可からず、若し是の福德有形ならば恒河沙等世界だに受くる能はざるならん。」

佛讚めて須菩提に言たまはく、

「善哉、善哉、須菩提。

 若し菩薩、般若波羅蜜の所護の爲の故に能く是の福德を以て廻向せば前に於ける所得有る心の布施の福德も百分の一にだに及ばず、千萬億の一にも及ばず、乃ち至りて算數譬喩の及ぶ能はざるところならん。」

爾の時に四天王天上の二萬天子ら、合掌し禮佛に是の言を作さく、

「世尊。

 是の菩薩の廻向、名づけて大廻向と爲す。

 方便を以ての故に。

 所得有る菩薩の布施に福德に於て勝らん。

 何を以ての故に。

 是の菩薩の廻向、般若波羅蜜の所護の爲の故に。」

爾の時、忉利天上の十萬天子ら、天花香、塗香、末香、天衣幢幡、天の諸伎樂を以て而して佛を供養し皆、是の言を作さく、

「世尊。

 是の菩薩の廻向、名づけて大廻向と爲す。

 方便を以ての故に。

 所得有る菩薩の布施に福德に於て勝らん。

 何を以ての故に。

 是の菩薩の廻向、般若波羅蜜の所護の爲の故に。」

夜摩天上の十萬天子ら、兜率陀天上の十萬天子ら、化樂天上の十萬天子ら、他化自在天上の十萬天子ら皆、天華、天香、乃ち伎樂に至るまでもを以て而して佛を供養し皆、是の言を作さく、

「世尊。

 是の菩薩の廻向、名づけて大廻向と爲す。

 方便を以ての故に。

 所得有る菩薩の布施に福德に於て勝らん。

 何を以ての故に。

 是の菩薩の廻向、般若波羅蜜の所護の爲の故に。」

梵世諸天子ら、大聲に唱言すらく、

「世尊。

 是の菩薩の廻向、名づけて大廻向と爲す。

 方便を以ての故に。

 所得有る菩薩の布施に福德に於て勝らん。

 何を以ての故に。

 是の菩薩の廻向、般若波羅蜜の所護の爲の故に。」

梵輔天、梵衆天、大梵天、光天、少光天、無量光天、光音天、淨天、少淨天、無量淨天、遍淨天、無雲行天、福生天、廣果天、無廣天、無熱天、妙見天、善見天、無小天上の諸天子ら、合掌し禮佛し皆、是の言を作さく、

「世尊。

 是れ善男子、善女人、求佛道の者ら、甚だ希有と爲す。

 般若波羅蜜の所護の爲の故に能く所得有る菩薩の布施に福德に於て勝らん。

 何を以ての故に。

 是の菩薩の廻向、般若波羅蜜の所護の爲の故に。」

爾の時に佛、淨居諸天子らに告げたまはく、

「是の三千大千世界の衆生をは置きて若しは十方恒河沙等世界の衆生皆、阿耨多羅三藐三菩提心を發こし是の一一の菩薩、恒河沙等劫に於て所得有る心を以て十方如恒河沙等世界の衆生、衣服飲食、臥具醫藥、一切樂具に供養し是の如き一一の菩薩皆、恒河沙等劫に於て所得有る心を以て是の諸の衆生、衣服飲食、臥具醫藥、一切樂具に供養し、若しは有る菩薩、過去未來現在の諸佛らに於ける有らゆる戒品、定品、慧品、解脫品、解脫知見品、幷びに諸聲聞弟子ら及び凡夫人らの所種の善根を合集したる稱量、是の諸の福德、最大最勝にして最上最妙なるを以て心隨喜し隨喜し已り阿耨多羅三藐三菩提に廻向せば其の福甚だ多し。」

爾の時に須菩提白して佛に言さく、

「世尊。

 佛の所說の如き是の諸の福德を合集したる稱量、最大最勝にして最上最妙なるを以て心隨喜し隨喜し已り阿耨多羅三藐三菩提に廻向するに、世尊、云何が名づけて最大最勝にして最上最妙なる隨喜とす」と。

佛、須菩提に告げたまはく、

「若し菩薩、過去未來現在に於ける諸法に不取なりて不捨なりて不念なりて不得なれば此の中に於て法は有ること無くして若しは已に生滅し若しは今に生滅し若しは當に生滅すべし。

 かかる諸法の實相の如くに隨喜し阿耨多羅三藐三菩提に廻向し亦、是の如し。

 須菩提。

 是れ名づけて菩薩の最大最勝にして最上最妙なる廻向の隨喜と爲す。

 復、次に須菩提。

 菩薩、若し過去未來現在に於ける諸佛らの布施持戒、忍辱精進、禪定智慧、解脫、解脫知見を欲し隨喜し應に是の如く隨喜すべし。

≪その如き(如)≫の解脫の持戒も亦、是の如し。

≪その如き(如)≫の解脫の定惠、解脫、解脫知見も亦、是の如し。

≪その如き(如)≫の解脫の信解も亦、是の如し。

≪その如き(如)≫の解脫の隨喜も亦、是の如し。

≪その如き(如)≫の解脫の未來未生の法も亦、是の如し。

≪その如き(如)≫の解脫の過去の無量阿僧祇世界の諸佛及び弟子も亦、是の如し。

≪その如き(如)≫の解脫の今現在十方の無量阿僧祇世界の諸佛ら及び弟子も亦、是の如し。

≪その如き(如)≫の解脫の未來の無量阿僧祇世界の諸佛ら及び弟子らも亦、是の如し。

 是の諸法相、繫がず、縛らず、解かず、脫がさず。

 是の阿耨多羅三藐三菩提廻向を以て生ぜず、滅せざるが故に、須菩提。

 是れ菩薩の最大最勝にして最上最妙なる廻向の隨喜と名づく。

 是の廻向を以て勝れり、十方如恒河沙等世界の諸菩薩の所得有る心を以て皆、恒河沙劫に於て十方恒河沙等の如き世界の衆生、衣服飲食、臥具醫藥、一切樂具に供養し、所得有る心を以て布施し持戒し忍辱し精進し禪定するにも。

 それ此の廻向の隨喜の福德の百分の一に及ばずて百千萬億分の一にも及ばずて乃ち至ちて算數譬喩の及ぶ能はざるなり。」

● 泥犁品第八

爾の時に舍利弗白して佛に言さく、

「世尊。

 是れぞ般若波羅蜜なり」と。

佛言たまはく、

「是れぞ般若波羅蜜なり」と。

「世尊。

 般若波羅蜜、能く照明を作す。

 世尊。

 般若波羅蜜に所應し敬禮す。

 世尊。

 般若波羅蜜、能く光明を與ふ。

 世尊。

 般若波羅蜜、諸の闇冥を除く。

 世尊。

 般若波羅蜜、染汚する所無し。

 世尊。

 般若波羅蜜、利益なす所多なり。

 世尊。

 般若波羅蜜、安隱なす所多なり。

 世尊。

 般若波羅蜜、能く盲者に眼を與ふ。

 世尊。

 般若波羅蜜、能く邪行者を正道に入らしむ。

 世尊。

 般若波羅蜜、即ち是れ薩婆若なり。

 世尊。

 般若波羅蜜、是れ諸菩薩が母なり。

 世尊。

 般若波羅蜜、法を生ぜざる者なりて法を滅ぼすに非ざる者なり。

 世尊。

 般若波羅蜜、三轉、十二相、法輪を具足す。

 世尊。

 般若波羅蜜、能く孤窮者らが爲に救護を作す。

 世尊。

 般若波羅蜜、能く生死を滅す。

 世尊。

 般若波羅蜜、能く一切法性を示す。

 世尊。

 應に云何が般若波羅蜜を敬視すべき。」

佛言たまはく、

「佛を敬視するが如くに、般若波羅蜜を敬禮せよ、佛を敬禮するが如くに。」

爾の時に釋提桓因心に念へらく、

「舍利弗。

 何の因緣か是の問ひを作すや」と。

念じ已り舍利弗に問へらく、

「何の因緣か是の問ひを作すや」と。

舍利弗言さく、

「菩薩摩訶薩、般若波羅蜜を以て福德を隨喜し薩婆若に廻向するが故に。

 上に於ける諸菩薩の有らゆる布施、持戒、忍辱、精進、禪定等、其の福最勝なりて是の故に我、是の問ひを作しき。

 憍尸迦。

 譬へば盲人、百千萬衆有りと雖も導者有ること無くして城邑聚落に進趣する能はざるが如し。

 憍尸迦。

 五波羅蜜、般若波羅蜜を離れ亦、盲人の導き無きに如きて薩婆若に至るを修道する能はず。

 若し五波羅蜜、般若波羅蜜の所護と爲せば則ち目の有るを爲す。

 般若波羅蜜力の故に五波羅蜜、般若波羅蜜の名を得ん。」

舍利弗白して佛に言さく、

「世尊。

 云何が般若波羅蜜を生ず」と。

佛言たまはく、

「若し菩薩、色を生じざれば則ち般若波羅蜜を生じ、受想行識を生じざれば則ち般若波羅蜜を生ぜん。

 是の如し、般若波羅蜜を生じ爲に何の法をか成すや。

 舍利弗。

 是の如く般若波羅蜜を生じ法に於て成る所は無し。

 成る所無くば則ち般若波羅蜜と名づく。」

釋提桓因白して佛に言さく、

「世尊。

 般若波羅蜜亦、薩婆若をも成さずや」と。

「憍尸迦。

 般若波羅蜜、薩婆若を成して但、名相に如かず、起法を成して作すのみ」と。

「世尊。

 當に云何が成べき。」

佛言たまはく、

 「成さざるが如くして、是の如くに成せ。」

釋提桓因白して佛に言さく、

「希有なり世尊。

 般若波羅蜜、生を爲さず滅をも爲さざるが故に有りや」と。

須菩提白して佛に言さく、

「世尊。

 菩薩、是の如く亦分別せば則ち般若波羅蜜を失し則ち般若波羅蜜を遠離もせん」と。

佛、須菩提に告げたまはく、

「是の因緣有りて若し菩薩、謂ひて般若波羅蜜は空なりとし所有も無しとせば則ち般若波羅蜜を失し則ち般若波羅蜜に遠離せん。

 須菩提。是れ菩薩の般若波羅蜜と名づく」と。

「世尊。

 般若波羅蜜を說きて何の法を示すや。」

「須菩提。

 般若波羅蜜を說きて色を示さず、受想行識をも示さず。また示さず、須陀洹果をも、斯陀含果をも、阿那含果をも、阿羅漢果をも、辟支佛道をも、佛法をも示さず。」

須菩提言さく、

「世尊。

 摩訶波羅蜜、是れ般若波羅蜜なりや」と。

佛言たまはく、

「須菩提。

 その意に於て云何。

 是の因緣を以て摩訶波羅蜜是れ般若波羅蜜なりや」と。

須菩提言さく、

「般若波羅蜜、色に於て大を作さず、小を作さず、合を作さず、散を作さず。

 受想行識に於て大を作さず、小を作さず、合を作さず、散を作さず。

 世尊。

 般若波羅蜜、佛の十力に於て强を作さず、弱を作さず。

 四無所畏乃ち薩婆若に至るまでも合を作さず、散を作さず。

 世尊。

 菩薩是の如くに亦分別せば則ち般若波羅蜜をは行ぜず。

 何を以ての故に。

 般若波羅蜜、是の如き相無きが故に。

 我當に若干の衆生を度すべければ即ち是れ菩薩の計る所得有り。

 所以は何。

 衆生不生なるが故に般若波羅蜜不生なり。

 衆生無性なるが故に般若波羅蜜無性なり。

 衆生離相なるが故に般若波羅蜜離相なり。

 衆生不滅なるが故に般若波羅蜜不滅なり。

 衆生不可思議なるが故に般若波羅蜜不可思議なり。

 衆生不可知なるが故に般若波羅蜜不可知なり。

 衆生力集むるが故に如來力亦、集む。」

舍利弗白して佛に言さく、

「世尊。

 菩薩、若し能く是れ深般若波羅蜜を信ぜば疑はず、悔いず、難しとせず、隨順にその義を解かん。

 是の人、何處從り終に來たり此の間に生ずや」と。

佛言さく、

「舍利弗。

 是の菩薩、他方佛土に於て命終し來して此の間に生ず。

 舍利弗。

 菩薩、他方佛土從り來れば曾て已に諸佛に親近し供養したるなり。

 其の中に義を問ひ今、般若波羅蜜を聞き即ち歡喜を生じき。

 佛從り聞くが如くに、若しは般若波羅蜜を見き。佛を見るが如くに」と。

須菩提白して佛に言さく、

「世尊。

 般若波羅蜜、聞く可きや見る可きや」と。

佛言たまはく、

「不也」と。

「世尊。

 是の菩薩、發心よりして已來、幾時に能く般若波羅蜜を修習せんや。」

「須菩提。

 是の事、應に分別すべし。

 有る菩薩、若干百千萬億の佛に値ひ得、諸佛所に於て梵行修行せり。

 有る大衆に於て深般若波羅蜜を聞き恭敬心無く即時に捨去せり。

 須菩提。

 當に知るべし是の人、本は過去諸佛に於て般若波羅蜜を說くを聞けども捨去したるが故に今に於て深般若波羅蜜を聞きて亦、捨去し、身心不和なりて無智の業を起こさん。

 無智の業の因緣積集するが故に般若波羅蜜を誹謗し拒逆せん。

 須菩提。

 般若波羅蜜を誹謗し拒逆せば即ち薩婆若をも誹謗し拒逆したり。

 薩婆若を誹謗し拒逆せば即ち三世の諸佛らをも誹謗し拒逆したり。

 須菩提。

 是の愚癡の人、是の如き破法重罪業を起こすが故に若干百千萬劫に大地獄罪を受けん。

 一大地獄從より一大地獄に至り、一大地獄從り一大地獄に至りて受罪する時に若し火劫起きれば他方の大地獄に墮ちん。

 彼に於て亦、一大地獄從り一大地獄に至り一大地獄從り一大地獄に至りて受罪する時に若し、彼の火劫起これば復、他方の大地獄に墮ちん。

 他方の大地獄に墮し已り復、一大地獄從り一大地獄に至り一大地獄從り一大地獄に至りて受罪する時に若し、彼に火劫起これば還り來りて此の大地獄中に墮ちん。

 是の人此に於て復、一大地獄從り一大地獄に至り諸の劇苦を受け是の如く展轉し乃ち火劫復、起るまでに至りて是れ無量の苦惱業報を受けん。

 何を以ての故に。

 惡しき口業を起こせるが故に。」

爾の時に舍利弗白して佛に言さく、

「世尊。

 是の如き業、五逆罪に似る」と。

「舍利弗。

 汝、謂ふ勿れ、此の破法罪、五逆罪に似る、と。

 何を以ての故に。

 是の人、深般若波羅蜜を說くを聞き誹謗し拒逆して是の念を作さく、應に是の法を學すべからずと。是の法、佛の所說には非じと。

 是の因緣を以て其の罪、轉增するが故に亦、他人をして般若波羅蜜を離れさしめん。」

佛言たまはく、

「是の人自らが身を壞し亦、他人の身を壞さん。

 自ら毒を飮み亦、他人に毒を飮まさん。

 自ら亡失し亦、他人を亡失させん。

 自ら般若波羅蜜を知らずして解かずして亦、他人に知らざるを解かざるを敎へん。

 舍利弗。

 我、尚も聽かず、是の人の出家すを。何を況んや我が法中に於て而して供養を受くを。

 何を以ての故に。

 當に知るべし是の人、汚法を爲す者なりと。

 當に知るべし是の人、是れ糟粕を爲し其の性濁黑なりと。

 若し有る衆生、其の言を信受せば亦、當に是の劇苦重罪を受くべからん。

 何を以ての故に。

 舍利弗。

 若し般若波羅蜜を破し、若し般若波羅蜜を汚せば當に知るべし是の人、法を破し法を汚す者なりと。」

舍利弗白して佛に言さく、

「世尊。

 是の人の受身の大小を說かざりき」と。

佛、舍利弗に告げたまはく、

「是の人の身に置きてはその量の大小を說くを須(求)むべらざる也。

 是の人の、若し其の身量を說くを聞けば、熱血當に口從り出で若しは死に若しは近く死ぬべし。

 若し其の身量を說くを聞けば自ら此の罪を知り憂愁深入し身體乾消せん是の故にこそ其の受身の大小を說くを須めざれ。」

舍利弗白して佛に言さく、

「世尊。

 唯願はくは佛說きたまへ、是の人の身量、後世に人を得て、戒を明きらかしめ是の罪業を以て知らしめきが故に是れ大身を受くるかを」と。

佛、舍利弗に告げたまはく、

「是の事、後世の衆生が爲の大明戒を作すに足る。

 是の如き罪業因緣の積集の故に、是の如き無量無邊の久しく劇しき苦惱を受けて、舍利弗。是の事足りれば善人と爲りて大明戒を作さん。」

須菩提白して佛言さく、

「世尊。

 善男子、善女人、應に善く身業、口業、意業を守護すべし。

 世尊。

 但、口業の因緣を以ての故のみに是の如き重罪を得きや」と。

佛、須菩提に告げたまはく、

「口業の因緣を以ての故に是の如き重罪を得き。

 須菩提。

 我が法中に多く是の如き等の癡人有り。深般若波羅蜜を誹謗し拒逆す。

 須菩提。

 深般若波羅蜜を誹謗し拒逆せば即ち阿耨多羅三藐三菩提をも誹謗し拒逆したるなり。

 阿耨多羅三藐三菩提を誹謗し拒逆せば即ち過去未來現在の諸佛らの薩婆若をも誹謗し拒逆したるなり。

 薩婆若を誹謗し拒逆せば即ち法寶をも誹謗し拒逆したるなり。

 法寶を誹謗し拒逆せば即ち僧寶をも誹謗し拒逆したるなり。

 三寶を誹謗し拒逆するが故に即ち無量無邊の重罪の業を起こしたるなり。」

須菩提白して佛に言さく、

「世尊。

 若し人、深般若波羅蜜を誹謗し拒逆せば幾らもの因緣有りて、須菩提。是の癡人を一に魔の所使と爲し、二に深妙法に於て不信不解にさせん。

 復、次に、須菩提。是の癡人、惡知識を得、善法の修習を樂はず喜ばずして又深く貪著し、常に他に過ぎるを求め、其の身を自高させ他人を卑下すれば須菩提。

 是の因緣を以ての故に深般若波羅蜜を誹謗し拒逆したりき。」

須菩提白して佛に言さく、

「世尊。

 不精進なれば般若波羅蜜を信解すること甚だ難しや」と。

佛言たまはく、

「是の如し、是の如し須菩提。

 不精進者は般若波羅蜜を信解すること甚だ難し」と。

「世尊。

 云何が不精進者の般若波羅蜜信解は甚だ難しとす。」

「須菩提。

 色は縛無く解も無し。

 何を以ての故に。

 色の眞性是れ色なれば。

 受想行識、縛無く解も無し。

 何を以ての故に。

 識の眞性是れ識なれば。

 復、次に須菩提。

 色は前際に縛無く解も無し。

 何を以ての故に。

 色の前際の眞性是れ色なれば。

 色は後際に縛無く解も無し。

 何を以ての故に。

 色の後際の眞性是れ色なれば。

 現在に色、縛無く解も無し。

 何を以ての故に。

 現在の色の眞性是れ色なれば。

 須菩提。

 受想行識、前際に縛無く解も無し。

 何を以ての故に。

 識の前際の眞性是れ識なれば。

 識、後際に縛無く解も無し。

 何を以ての故に。

 識の後際の眞性是れ識なれば。

 現在に識、縛無く解も無し。

 何を以ての故に。

 現在の識の眞性是れ識なれば。

 世尊。

 般若波羅蜜甚深なれば不精進者の信解すること甚だ難き。」

佛言たまはく、

「是の如し、是の如し須菩提。

 深般若波羅蜜、不精進なれば信解甚だ難し。

 須菩提。

 色、淨らなりて即ち是れ果も淨らなれば。

 色、淨らなるが故に果も亦淨らなれば。

 受想行識の淨らなりて即ち是れ果も淨らなれば。

 受想行識、淨らなるが故に果も亦淨らなれば。

 復、次に須菩提。

 色、淨らにして即ち是れ薩婆若も淨らなり。

 薩婆若、淨らなるが故に色も淨らなり。

 須菩提。

 色の淨らなりて薩婆若の淨らなる、これ無二なりて無別なりて異なる無くして壞するも無し。

 受想行識淨らにして即ち是れ薩婆若も淨らなり。

 薩婆若淨らなるが故に受想行識は淨らなり。

 須菩提。

 薩婆若の淨らなりて受想行識の淨らなる、これ無二なりて無別なりて異なる無くして壞するも無し。」

小品般若波羅蜜經卷第三







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

0コメント

  • 1000 / 1000