多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説43


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



——知らない

——神社の真ん中。手、あらうとこの近く。

——誰?

——親、呼ばれて

——誰?…それ、

——すっごく、叱られた。

——お母さん?

——日出登、なにも話さないから

——綺夜宇、さんの?

——昨日のこと、だから

——お母さん?

——お互いに、お互いにも秘密にした

——綺麗だね

——だれにも言わなかった

——綺與宇さんも、きれいだから

——だから、タオにだけ

——じゃ、も、秘密じゃ、ないね。

タオの息に乱れはなかった。

——わたしも、知った、ね。

脂汗の玉が密集した顎に埀れた。

——秘密じゃ、ないね。

とうとう、ドー・ティ・ヴィンが何度目かの挑戦で用を果たした時に彼は私にもホアンにも眼差しで自分を誇った。或いは、彼が大人になった日だと?

私は彼にその気も無く笑んでやった。

ホアンに金をわたした。あとは好きにしろ、と。祝杯でもあげとけ、と。ビールを飲むジェスチャーをした。座り込んでスマートホンを弄るドー・ティ・ヴィンを残してホアンは出て云った。彼がビールを箱で買って来た時に、彼等がここで酒宴をする気なのに気付いた。

タオはそのままの体勢を維持し、汗と痙攣に塗れた。

ドー・ティ・ヴィンが私にビールを勧めた。慇懃に断る。

私は優しかった。

だからドー・ティ・ヴィンは一瞬で気を赦した。部屋の隅で酒宴を始めた彼等のあけすけな声が響いた。

ドー・ティ・ヴィンがベトナム語の哥を歌った。

 Chưa yêu lần nao biết ra làm sao

 Biết trong tình yêu như thế nào

窓の向こうに昏い空は、ひかりとして室内のものに触れれは火照りをのみ殘す。

 Sông sâu là bao nào đo được đâu

 Lòng người ta ai biết có dài lâu

タオ震える、半開きの唇に呼吸の音が聞こえるに違いなく思った。

 Qua bao thời gian sống trong bình an

 Lỡ yêu người ta gieo trái ngang

耳を澄ました。

 Nông sâu tùy sông làm sao mà trông

 Chưa đổ bến biết nơi nào đục trong

私は立ち上がった。

ホアンが記念にか、月翳にななめに光るタオを、スマホに収めた。

タオは反応を示さなかった。

あるいは、心をは曝さなかった。

私への従順の證しに。

寝室に戻ろうしたわたしは、不意にタオを思った。

振り向き見た。

云った。

タオに。

——見てるよ。

と、

——離れてても、

ね?…と。

——どんなに遠く

ね?…と。

——思ってるよ

ね?…と。

——タオを

ね?…と。

——見てるよ。

私は寝室に返った。

寝室に蘭はそのままの格好で(…その儘の姿勢で?おそらくは。尤も、元の姿勢の記憶などわたしには何もなかった。きれいに、完全に忘れられていた)蘭は天井を見ていた。

見上げた。

かげろひのように。

朝の靄に燃え上がった日昇の紅蓮のかげろひのように。

しかも、色彩など光のあわい白み以外にはなくて。

天上に水を反射した陽炎が泳いでいた。

海?と。

こんなところにまで海の面の光が反射するなど?

わたしは白いかげろひの揺らめきを見た。

壁中に白い影が出鱈目な躯体の儘に這い上った。

陽炎の群れがつぶやいた。

叫べ、と。

無数に、無際限に聲を重ね、

叫べ、と、——なにを?

ささいた私の聲は聞き入れられなかった。

彼等はつぶやく。

叫べ、と、まばたき、あさのひかりは已に斜めに私の睫毛に触れていた。

眼の前のベッドの上で、蘭はひとり身を起こし、積み上げた枕に背をもたれた。——起きたの?

わたしは思わずタオに云った。

蘭は応えなかった。

近づいて、蘭の頭を撫でた。

顔を上げた。

黑目が雙つあった。

云った。

「日本へ行く。」

ささやくように、——歸るの、と。蘭は、

「海の中に…」

と。…あるじゃん?

「あるよ…」

——ね?

と、蘭は、…燃えるお城。

「あれ…」ささやく。蘭が、「あれ、…さ」

燃える、海の中お城。

——日本に歸る…と。

ささやく蘭の聲(…それが日本語ということにも気付かずに)をだけ、私は聞いていた。…思うに、其れは誰かが、(例えば、多伽子が?)彼女に憑依したのである…

わたしは、そう思ったのだった。

諦めるように(事実、わたしは何をというでも顯らかに其の時に、心にはっきりと諦めたのだった)わたしは蘭の頭から手をはなした。不意に眼差しによこなぐりに光が——色も無く、侵入して、思わず息を呑んで返り見れば、窓の向こうに海と空が朝焼けた。

その紅蓮。

燃え上がり、且つ燒けおちるような。

破滅的な?

あざやかな一日のはじまり。

タオを思い出した。

アトリエに入った。

タオが云われた通りの体制の儘痙攣し、朝日に染まっていた。

ドー・ティ・ヴィンとホアンは空き缶もそのままに、すでに立ち去っていた。

タオの頭の近くに胡坐をかいた。

わざと、音を立てないように、そっと。

タオを見ていた。

何度も失神、(——乃至、転寝)に落ちかけながら、彼女はその度まどろみに醒め、そしてそれを繰り返した。

うつろな、ぼやけた深刻な闘争と葛藤が、その朧げな意識に繰り返されているのだった。

穢いね。

わたしはささやく。

タオの耳は聞いたに違いない。

穢い。

笑い、そして私は

——タオ。穢い。

彼女の爲にささやいた。

おおきくゆらめいて、そして彼女が向こう側に倒れたと思った。タオは身を立てて、そして私の左手のほうに立っていた。

息を吐いた。

——もう、おわった?

軈て、タオがささやく。

——行く、ね。

タオが身をくねらせ、光に赤らみながらそのままに服を着始めた。

表情はむしろ、いつにもまして私にやさしく、やさしく媚び、媚びて甘え、甘えてやさしく、彼女の言った言葉の鼻水を咬むような聲を思った。昨日(——21日に、最後に見せた例の、何かも失ったような顏…追い詰められた挙句の女はかならずそんな顏をするのだ。

それ、歎きも悲しみも愛しさも不満も報われない切実さも絶望もなにも、通り越してひとり勝手に素顏をさらした、そんな、無表情でさえない表情のない赤裸々な顏を。)

昨日見せたその顏の名残はもはやなかった。

餘に自然に、疲れた心身をいたわりながら彼女は服を着、私をなつかしみ、離れがてにしながら部屋を出て云った。

ドアを閉める時、ふたたびふりむき、わたしに笑み、媚び、そして失せた。


文書5(淸雅文書C)

記。

 是吾之最後 遊觀維耶離

 將遊彼泥洹 不復受有身

圓位あて。

 佛稱此末後 身行極於斯

 若遂淪清虛 於何覩聖來

腐れ坊主の圓位あて。

久村に紹介される。もっとも、先方は私を知らない。久村が彼のアドレスを教えただけのこと。

 敬謁法王來 心正道力安








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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