修羅ら沙羅さら。——小説。61


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

夷族第四



かくに聞きゝ8月29日朝壬生め覺メめ覺めたるまゝゴックが未だ眠りけル部屋をさざめくような出デ出て外廊下にさざめくような空ノ明けたルさざめくような紅蓮ノ燒けを右にさざめくような見きかクて壬生さざめくような階段を降りさざめくような下なる台所にさざめくような降りルに目さざめくようなやさしいおとを

むらがりたてゝ

すグさまに眩ミき外明けノ紅に染まりたレども未ダ明け切らズて靑暗きヲ目はさざめくようなすでにそノ明ルさにさざめくような馴れき壬生此れにさざめくような戸惑ひ恠シみきかクてさざめくような壬生臺所に水さざめくような飮まんとシ冷蔵庫さざめくような開けんとスにそノさざめくような翳より小さキさざめくような獸の聲たチてさざめくような姿なク姿那キ麻麻さざめくような疾走シ遁走す音ノさざめくような鋭きのミ足元にさざめくようなおとを

むらがりたてゝあじさいは

あめのなかに

聞こゑき足ノ先にあめのなかに獸ノちひさき柔毛あめのなかにわズかにこスれたる気配だにあめのなかに感じき壬生あめのなかに思ふに鼠やラんと又あめのなかに思ふに鼠あめのなかに壬生を見て覩をはらぬにあめのなかに壬生が足に向かひて駈けあめのなかに至近なルあめのなかに危ふキをあめのなかにさざめくおとをたてながら

あじさいのはならは

ゆれるのだった

駈け抜けたるやらんとかくてちるひまつ足元又とぶしぶき足元の先又ちるひまつそノ先とぶしぶき又その先の先とちるひまつ見鼠が翳さがすともなクに又とぶしぶき鼠未だ姿さらしてありけるとも思ハなくにちるひまつ見て覩とぶしぶき見テ探シ見ルにちるひまつ…先生。

かくに聲聞き…先生、もう起きた?

かクに聲背後に聞き壬生すでにシて此の聲ゴックに他ならぬを感ジ觀じをハりてありけレば返り見もせズ又なにのゆゑにか思わずに言葉忘レたる心地シその心地する儘に…早いよ

かくに聲聞き…まだ、…何時?

迦久爾聲背後に聞き壬生ゴックが降り來たル足音又気配だにも感ジざりシを…何時?

かクに聲聞き…ね

のど渇いたの?

迦久に聲背後に聞き壬生いまさらに我に返りいまさらに聲まさにゴックに他ならぬを感ジ觀じをはり知りまさに知り足れば…のど乾いた?

かクに聲ありかくて壬生振り返りて振り返りタるに壬生ゴックありてゴック微笑ミてゴックありて微笑ミて壬生を見テ見上げかすかに顎あげタるを見キかくて壬生すでにみヅからが頬ゴックが爲に微笑みタるを感じ觀ジをはりて知りまさに知りて…いいよ。

冷蔵庫の中に(——いゝよ)あるよ

いいよ。(知ってる?)冷蔵庫に(——飲んで)あるよ

水、(知ってた?)冷蔵庫の中に(——飲んでも)あるよ。(——いゝよ。)だから

水、(知ってる?)飲んで…(——飲めるよ)飲んでも(——冷たい)いいよ

それ(冷たい水)飲んで(——いゝよ)それ

冷たいよ。

かくにかクて聲ありかクて壬生見て見つめつヅけ笑みて笑ミつヅけたる儘にゴック壬生を見たル眼はなしもせずシて手に横探りに冷水がプラスティック・ボトル取り取りテ…むぎ茶を。

と。

壬生思ひて想まま久生は

夏に祖母が、と、壬生は、まるで

久生は作らなかった

まるでそれが夏の必ずの風習のように、と

久生は

と、壬生は、かならず麦茶を、恵美子は、と

久生は作れなかった

と、かならず夏に、と、壬生は、ボトルに

久生は

と、同じようにボトルに、プラスティックの、と

久生は作らなかった

と壬生は心にひとり白してさゝやき言してゴック壬生の前で壬生に口を開きかクてゴックいま壬生が前にみヅからの口を開きたるを知りかくてすでに知りタるに恥ずかし氣…と

恥ずかしげもなく

かくにゴックは思ひて

小鳥

かくに

餓えた?

かくてかくに

鳥の

ゴック壬生が目の

恥ずかし氣も無く

かくて

眼の前にゴック

餓えた子鳥の?

ひとり

餓えた

思ひて心に

かくて

恥ずかしげもなく

白してささやきて

かくてかくに

小鳥のように?

言して壬生は見きゴックが口の開ケたるに冷水がボトル開けかクてひそやかに口に水のつめたきを注ぎ唇が脇に零れ喉は飲みテかくてゴック目をだに閉ジざりきかくて頌して

   十一歳の夏

    叫び(…咬む女)

   その夏に、驚くほどに

    叫び(…咬みつく女)つづけ

   久生は乱れた

    叫び(…咬む女)

   亂れた久生は

    叫び(…咬みつく女)続けて

   注射

    叫ぶ人(…わたしを)

   鎭痛剤のような?

    あるいは(…ほゝ笑みながら)むしろ

   錠剤

    吠える(…当然のように)人

   安定剤のような?

    まさに(…当たり前のように)ひとりで

   私はあなたの事實を知らない

    吼える(…咬む)人(…咬みつく女)

   私はあなたの事実を知らない

    吠えた(…咬む女)

   だれもが、心の

    人の(…ときには笑った)

   その、心に宿ったやさしさといつくしみとあわれみのせいで

    人の知る言葉では無くて

   私にはなにも告げなかったから

    彼女の(…大聲で)

   なにが、いま

    獸じみた?(…咬みつく女)

   私にはなにも告げなかったから

    その(…咬む女)固有の言葉もて

   なにが、いま起きているのか

    吼えた(…ときには濁音に)

   私にはなにも告げなかったから

    濁音と、(…清音のはざまの)短い

   なにが、いま

    叩きつける(…たゆたうような)太鼓の

   私にはなにも告げなかったから

    連打に(…なめらかな)聞こえない(…とぎれない)休符のように(…長音を)

   なにが、いま起ころうとするのか

    跳ね、(…叫ぶ)撥ね、(…喉は)刎ねて跳ね、(…叫んだ)撥ね、(…喉は)刎ねる(…咬む女)撥音

   私にはなにも告げなかったから

    なすりつけるような(…なにを)

   なにが、やがて

    ながい(…なにをあなたは)長い

   私にはなにも告げなかったから

    引き延ばされた始まりの無い(…咬む女)ん音

   なにがやがて、そしてどこに辿りつこうとしているのか

    咆えた(…なにをあなたはそこで見てるの)

   私は彼ら

    ののしるように(…うわめづかいで?)

   大人たちの

    咆えた(…あなたは何を)

   祖母ととその友人

    泣き叫ぶように(…咬めばいい)

   敎師とその友なる教師ら

    咆えた(…あなたにあげよう)

   友人とその父または母

    あざ笑うように(…咬む女)

   母またはその母ら父ら

    吼えた(…咬めばいい)

   父またはその父ら母ら

    むしろ(…あなたのもの)自分自身を

   彼等のすべてに

    屠り(…あなたが産み落とした、すべて)喰いちぎった傲慢さもて

   問いかけかけた唇を

    聲だけで(…あなたのもの)

   必死に抑えた。その唇が、不意に開いて

    身じろぎもせず(…咬めばいい)

   なにが?

    聲だけで(…咬む女)

   と、唇が

    微笑んだままに(…咬みつけばいい)

   なにが?

    聲だけで(…咬む女)

   と問いかけ

    懐かしいほどの(…あしたは雨が)やさしいまなざし

   なにが?

    聲だけで(…咬む女)

   と、彼等の眼差しを

    時には(…あしたは雨が降るだろう)わたしを腕にだきながら

   一体、…

    聲だけで(…叫べ)

   と、見開かせて私を

    地獄の(…その)聲

   なにが?

    ふいに(…人の口が)優しい

   と、凝視の内に彼等に

    優しい胸の(…はじめてあなたの唇で知った)不意の(…はじめて音響)抱擁

   なにが?

    頭の上には(…あしたは雨が降るだろう)

   と、見つめられないで済むように。わたしは

    地獄の(…叫べ)聲

   いま…

    見上げたまなざしが(…あなたの固有の)

   と、ひとりで

    見出す久生の(…叫べ)微笑の

   いま、ここで

    翳りだにない明るさの(…あなたの固有の聲に叫べ)翳り

   と、問いかけかけた唇を

    うつくしい(…あなたがあなたであった固有性など)

   いまこゝで、一体何が?

    やさしい(…ましてその)唇に

   必死に抑えた

    地獄の(…かけがえのなさなど?)聲

叩きつけるようにドアを開けた。その、半ば開いた儘に放置されていたドア、——ゴックの部屋の鐵製のドアを、聞いた。薄い、そして華と葉と蔦のような絡み合う飾りのある鐵がその時にまさにわなゝき、何かにぶつかって振るえ、…誰?

ゴックがさゝやいた。

誰かいた?

——外に?

誰?

——みんな、…と。

壬生は笑みもなくさゝやき

——見てたよ。みんな

ゴックの耳に

——ゴックさんを、みんな

彼女の爲にだけ

——見てたよ

さゝやく

…嘘。

——みんな見てた。

…だれ?

——みんな、自分で

…だれも居なかったよ

——自分でしてたよ

…なにを?

——きれいだから

…だれ?

——ゴックさんが、

…だれが、いた?

——綺麗だったから、と、はじめて自分が笑った聲を聞いたような、そんな錯覺の中に壬生は自分の喉の立てた笑い聲を聞き、かくて偈に頌して曰く

   ぼくたちは淫乱を擬態する

    あなたはさゝやく

   空の下でも

    さゝやきながら

   何の爲に?

    ココナッツを

   吐き気がするほどの

    その白い

   繊細のうちにも

    果肉を齒と

   眼差しの前で

    唇に咬み

   誰の爲に?

    あなたはさゝやく

   雪崩れる気配もない空が靑く

    すでにもう

   かぎりもなく靑く、その導くような

    透明な果汁はしたゝり落ちた

   連れ出すような

    あなたはさゝやく

   その下に搦める指の

    言葉さえ

   温度と重みは

    忘れた一瞬









Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

0コメント

  • 1000 / 1000