修羅ら沙羅さら。——小説。42
以下、一部に暴力的な描写を含みます。
ご了承の上、お読みすすめください。
修羅ら沙羅さら
一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部
蘭陵王第三
かくに聞きゝかくて壬生茫然とするともなくに心に心虛ろにも感ジてシャッターによりかりよかり靠れてをりたるに月ノ光がうちに雲ノ翳りの落としタる暗き翳りよりユエン出テ家に歸りきかくてユエン蟹股に又猫背が儘のけぞりて步ミて又踵すりつくるように步ミて門を潜り門をくゝるを見てあなたは、
と。
そして、あなたは
あなたはわたしをまっていた。
わたしのかえりを
ぞっと、そこで、
そこでずっとそうしたまゝで
ときのたつのさえをも
すでに
もはやときさえわすれて?
壬生気付くともなクにユエン歸り來タるを知りきユエン壬生に気付キて見テ殊更に覩て見つめてかくてようやくに笑ミき笑みテ笑むにつまさきに転びかけキかくてユエン口にのみ息飮む音冴えさせて壬生我に返りてユエンを見きかくて頌して曰く
あなたに話そう。
まさにあなたの爲に話そう。
息をのんだユエンが我を忘れて叫ぶのを待った。
そんな気がした。
あるいは、心の中にだけすでにして、彼女の口の叫びを聞いていたのかもしれない。
わたしは見ていた。
口を明けて無言のままのユエンを。
つま先が蹴飛ばしたそれは黒い線を更にコンクリートに穢しつけながら転がった。
不意に、我に返ったユエンが云った。——知ってる?…と。
英語?…ベトナム語?
…日本語以外で。
82人よ、と、——何?
新しい、…英語、new...
Nguoi moi
ベトナム語、新しい…
新型コロナ?
82人よ
ベトナム?
新規感染?——Hang...
と
ユエンが云った、レ・ハン?
わたしはうなづかなかった。
いきなりいなくなったと思えば…
と。
あの子…おかしい子だったから…と。茫然の儘にユエンはささやく、あの子
知らなかった?頭のおかしい…子供の時から、——ずっと
気付かなかった?言葉、はなせないから…小学校以外、出る事さえ…と、
頭の…自分で?
自分で死んだんでしょう?可哀想な、おかしな子…自分で首を…
遊ぶように
と、
じゃれるように
自分で?
おかしい子…そんな子だったの。まともに
まともに言葉さえ話せなかった…
壬生は疲れて、疲れ切ってその儘居間のソファに眠ったユエンの傍らに添うた。壬生は寝られなかった。深夜に目を覺ましたその前の、たびかさなるうたゝ寢のせいかもしれなかった。空が明けを知った。庭先の首は放置された儘だった。ユエンはいつもより早めに起きなけれならない筈だった。かくて偈を以て頌して曰く
わたしはでかけるだろう
ユエンの瞼が開く前に
彼女を起こさないように、起こさない儘で
私はひとりで
出て、ひとりで、——どこへ?
どこ?
ひとりで、——どこかへ?
どこへ?
蘭陵王第三
2020.08.11.19.Se-Le Ma
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