修羅ら沙羅さら。——小説。40


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

蘭陵王第二



かくに聞きゝかクて壬生寢ね寐て寢覺め醒めすルうちに居間ノ広げたる儘なるシャッターの端に気配感じき壬生恠しむともなく見て覩寝ころびたる儘に瞰るに何も變り異なるあらざるに見テ覩見テ瞰つヅけたるうちに時に顏ひとつ覗キ見けりそノ顏まさに小さくまさに仮面に素顏隠シたりき仮面赤ク斑ラにして赫シ常なる一様ノ彩色に在らずシて赤または朱朱または黑黑または灰灰又は褐色褐色または白白くて又赫かりける色と色ゝいろいろにこきまぜたル凶ツ化け物が假面なりき壬生誰ノ戯れとも気付かず見て覩ルに凶ツ面見て壬生を覩テそノ顏笑みたるように見ゑて又呻き笑ひ呻きテ白目剝き剝きシかクて仮面が顏隠れたりきふたタびシャッター何も變りなしかくて變りなく異なるあらざるシャッターをのミさらしてありき壬生立チて見テ覩て瞰をりたるに顏ふたタびに現れかクて壬生立ちたるそのまマに笑ミ笑みかけテ凶ツ化け物面おもはずに壬生ノ笑ミたる艷に見蕩レて視へたルに壬生思うともなくに步み寄りテ凶ツ化け物壬生の步ミよりたルに氣付きだにせズたダ茫然たるにシャッターが向かふ月の直射の光あかきにその凶ツ化け物面少女の体躯なりキかくて壬生は見キかくて壬生は知りキかくて壬生見て見知りて知り見知りてこノ少女レ・ダン・リーなりきかクて頌して

   あなたに話そう。

    素顔は仮面にかわらない

   まさにあなたの爲に話そう。

    だから

   あなたにちがいない、と。

    その仮面はまさに

   わたしは思っていた。その時に、…ね、と。あなた

    まさにあなただった

   レ・ダン・リーなんだろ?

    醜い子

   かの仮面の顏に殊更に告げる気も無くわたしは…ね、とあなた

    仮面さえもが

   レ・ダン・リーなんだろ?

    醜い子

   こころにささやいた、どこへ…

    仮面は素顔を隠さない

   どこへ行ってたの?あなたの父親が

    仮面さえもが醜い子

   あの寠れたクアンが死んだ日に、その

    素顔さえもが醜かったから

   死んだまさにその時にさえも。そして

    仮面は素顔をさらさない

   こころは見た、わたしの心は、まさに彼女の髪をつかんで、その

    さらけだしもしない儘に

   顔面を拳に傷めてやるのを。又、その

    仮面は素顔を隱さない

   唇が挙げた失神の聲を、又、その

    肌そのものの

   拳にふれた齒の切れたくちびるごしのいたみを、なにを…

    燒けた色

   なにをしてたの?あなたの父親が

    肌そのものが

   あの寠れたクアンが死んでまさに、コイが歎いたその

    逆剝かれたように

   無惨のまさにその時にさえも。そして

    燒き壞された

   こころは見た、わたしの心は、まさに彼女の腕を後ろ手に、その

    その色の、いろいろな

   肩をへし折って傷めてやるのを。又、その

    さまざまな色の

   喉がふるえた濁音の絶叫のみじかさを、又、その

    焦げた匂いさえ

   時に見上げた月の色を、あかるい夜だった。だから

    いまだに目には

   わたしは見ていた。はなれたそこで、横たわった

    あきらかに

   つま先の下に見えてゐた足の下の化け物の顏、見上げもせずにその儘立って正面に見たその

    かくしようもなく

   顏。…ゆがんだ顔。歪んだように見えて、骨格の何が歪んだ譯でも無くてただ

    感じさせた、その

   そう見えるに過ぎない奇形の顏。異形の顏。…引き攣った顏。引き攣たように見えて、慥かに

    匂う顏

   引き攣りながらも必ずしも、原型の何を替えたともない異端の顏。奇形の。顏、異形の、

    皮膚を燒いた

   顏。その顏、爛れたような?爛れ、腐り、腐ったような?顏、穢れ、皴より、喰い荒され、麤されたような、

    その焔が匂う

   顏。喰い潰されたような、顏。つぶれたような、叩きつぶして引き刷り廻されたような、顏、無残な

    筋肉まで燒いた

   顏。ただ顯らかに無惨な顏に、時に白目を剝きながら、レ・ダン・リーは、あなたなんでしょ。…ね?

    その焔が匂う

   あなたなんでしょ。白目を剝いたときに、思わずも不意に失神しそうになってその、顏。

    贅肉をさえ乾くかせた

   レ・ダン・リーは、あなたなんでしょ。…ね?

    その焰が匂ひ、目にだけ

   あなたなんでしょ。白目を剝いて掠め取るように

    はっきりと匂いたち

   抜き打ちするように

    仮面は素顔に変わらない

   虛を擊つように

    素顔は仮面に異ならない

   空隟を釻くように

    醜い子

   その

    素顔に同じ

   一瞬の失神にまさに取り憑くようにわたしは

    仮面さえもが

   步みよってかたわらに、忍び寄るともなく正面から

    醜い子

   はしよるともなく穏やかに、すぐさまにレ・ダン・リーに、あなたなんでしょ。…ね?

    あなたは匂う

   あなたなんでしょ。近づいたとき、見た。慥かに彼女があなたなんでしょ。…ね?

    あなたの顔が

   あなたなんでしょ。レ・ダン・リーだったことを、その月の明るさの中に

    あなたは匂う

   あざやかなまでの夜の昬く昏い色彩の中にその顏はたしかに彼女の顔だった。それはむしろ

    鼻にさえ

   仮面では無くて、顏だった、彼女の、おそらくは、自分でなんでも切りつけたに違い無かった、あるいは

    あなたは匂う

   すり、擦り付け、例えば麤い壁の壁面に、顏だけあるいは

    肉を焼いた

   すり、擦り付け、なじるように、こするように血をにじませ、肉を、体液と共に或いは

    焦げた匂い

   擊ち、叩きつけ、叩き、例えば路面に、コンクリートの麤路面にでもその顏だけあるいは

    燒き捨てた

   擊ち、叩きつけ、叩き、とりかえしのつかないほどに痛め、散る体液にも散りみだれ

    焔が殘した

   散り塵に散る顏表面の痛みの、骨の痛みの、肉の、筋肉の肉の、肉の、贅肉の肉の、肉の痛みの、

    焦げついた匂い

   それら痛みに、齒、へし折れた齒、歯頚の痛みに鼻、流れる膿んだ鼻水の、汁の、痛みに、或いは

    にじんでるよ

   燒き、燒いたのだった、レ・ダン・リーは、あなたなんでしょ。…ね?

    滲みだす様に

   あなたなんでしょ。彼女は自分の顔を

    至る所から

   燒き、生きた儘に、なんで?——ガソリンで?だれかのバイクのタンクにでも

    にじんでるよ(——おびただしく)

   無造作にどこにでも転がるガソリンで?

    体液が(——肉をまで)

   燒き、爛れさせ、爛れ、さらに燒き、燒き、爛れさせ、爛れ、さらに燒いた顏でまさに

    あなたの生きた(——その肉を)

   レ・ダン・リーは、あなたなんでしょ。…ね?

    体液が(——肉をこそ)

   あなたなんでしょ。そこでまさに彼女は笑んだ。聲もなく

    あなたの皮膚を(——肉をまでも)まさに

   なんども失神しそうになりながら、手に持ったものをは離さない儘

    癒そうとして(——したたるように)

吐いたとでも思うのか?糞が壬生は気付いた、その醜い、まさに異形の顏の無残に吐いたとでも思うのか?糞が見蕩れるともなく見茫然とした一瞬に、慥かに、と吐いたとでも思うのか?糞が壬生は気付く。レ・ダン・リーは慥かに美しかった、と吐いたとでも思うのか?糞がその顏、幼い皮膚の皮膚疾患の赫變の痛々しさの向こうで吐いたとでも思うのか?糞がまたはその覆いかぶさった無様な髮の無残なまでの豐かな大量の翳で吐いたとでも思うのか?糞が慥かに吐いたとでも思うのか?糞がレ・ダンリーは美しかった。間違いなくヒエンなど比べる迄もなく吐いたとでも思うのか?糞がレ・ダン・リーは美しかった。間違いなくユエンよりも吐いたとでも思うのか?糞が人種はともなく、雪菜よりも吐いたとでも思うのか?糞がレ・ダン・リーは美しかった。間違いなくゴックなど、ましてタムよりも吐いたとでも思うのか?糞がまして吐いたとでも思うのか?糞がレ・ダン・リーは美しかったその姉より、レ・ハンより吐いたとでも思うのか?糞がゴック・アインより吐いたとでも思うのか?糞が壬生よりも吐いたとでも思うのか?糞が美しかった。レ・ダン・リーは誰にも気づかれず誰も一度も見なかったうちに、明らかに吐いたとでも思うのか?糞が誰より

だれ?

誰よりも、

うつくしい

誰?

だれよりも

だれ?

美しく、誰より

だれ?

だれよりも

だれ?

彼女は

だれ?

美しかった、と。壬生はそう思った。その目、瞼の明解な線の上の複雑な筋の極端な難解さも、瞼の重力に負けた下部の悩みを知る線の、いまにも淚をこぼしそうな肉の淡いふくらみも。美しかった。慥かに、頬の翳り、曲線の鋭利な翳りのなめらかな流線も。美しかった。慥かに、鼻筋のなよやかな隆起と絶望の陥没、そして落ちた下のやわらかな窪みも。美しかった。慥かに、唇も、たしかに彼女は、と、壬生は思わず洩れかかった言葉を飲みながらにかくて偈を以て頌して曰く

   見た

    殲滅しかけた

   目は、私の目は、その目

    殲滅しかけた、その荒れた

   見た

    荒れた

   目は見た。眼を、その目

    荒廃した

   見た。うつくしい——本当は

    荒み切った、その

   誰より美しかった爛れた耳のレ・ダン・リーが

    あれはてた

   手にした顏、ぶら提げた顔のさらした目

    荒れ、阿禮波天多

   見た

    ぼろぼろの

   目は見た。眼を、その目

    ずたずたの

   見た。うつくしい——本当は

    壞れ

   誰より美しかった爛れた耳のレ・ダン・リーが

    くずれ

   手にした顏、ぶら提げた顔のさらした目の黒目、もはやなにも

    さかむけ

   見ている筈のない驚愕も無く

    崩壊した

   ただ見開いただけの大きな目、目を

    すでに滅びた

   見たうつくしい——本当は

    そしてなおも

   誰より美しかった爛れた耳のレ・ダン・リーの手の生首の見せた

    今も猶も

   目はまっすぐにその目の先をだけ見てすべてを通り抜けるのだった

    息遣い

   見たうつくしい——本当は

    まさに生き

   誰より美しかった爛れた耳のレ・ダン・リーの手の生首の口の

    癒し

   そのあけっ広げた口だけが恥知らずの、恥も外聞もない驚愕の無様を曝し

    癒され

   見たうつくしい——本当は

    まさにしたたるように

   誰より美しかった爛れた耳のレ・ダン・リーの手の生首の首の

    まさに瑞ゝしいほどに

   下からなおも血がしたたり続けていたのだった。まさにただ、血は下にのみ落る爲にあるとばかりに

    それらはまさに息遣う

   見たうつくしい——本当は

    それらはまさに猶も癒す

   誰より美しかった爛れた耳のレ・ダン・リーの手の生首をつかんだ手は

    それらはまさに分裂し

   そのレ・ダン・リーの幼い手は傷一つなく他人の血に染まり、そして病み憑かれたように痙攣をさらし

    死んだものらは自ら干からび

   見た。うつくしい——本当は

    それらはまさに繁殖し

   誰より美しかった爛れた耳のレ・ダン・リーの手の生首の髪は

    死んだものらが自ら黑ずみ

   捉まれて伸び、伸びて垂れ、垂れて乱れ、乱れて流れ、すべては震えた、その手

    それらはまさに營むのだった

   手の

    まさにそれらの

   レ・ダン・リーの手のふるえにふるわされる儘ふるえ、震えた

    命の沸騰をたばしらせ

   その顏、レ・ハンの顏は

    ほとばしらせて








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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