紀貫之の和歌。貫之集1
紀貫之家集
已下據『歌仙歌集三』刊行年出版社校訂者等不明。
解題云如已下自撰の集ありしこと後拾遺集大鏡などにみえたれど今のは少なくとももとのまゝにはあらざるべし
貫之集第一
延喜五年二月二十一日内侍のかみのし給ふいつみの大將四十賀屏風の哥ほせことにてこれをたてまつる
なつ山のかけをしけみやたまほこのみちゆき[くイ]ひともたちとまるらん[拾遺]
しらゆきのふりしくときはみよし野の山した風にはなそちりける[古今]
延喜六年月なみの屏風八帖か料のうた四十五首せしにてこれをたてまつる二十首
ねのひあそふいへ
ゆきて見ぬひともしのへとはるの野にかたみにつめるわか菜なりけり[新古今]
二月はつうまいなりまうてしたる所
ひとりのみわかこえなくにいなり山春のかすみのたちかくすらん
ゆみのけち
あつさゆみはるの山へにいるときはかさしにのみそ花はちりける[新勅撰]
三月田かへすところ
山田さへいまはつくるをちる花のかことはかせにおほせさらなん
わすれくさ
うちしのひいさすみのえにわすれ草わすれし[てイ]ひとのまたやつまぬと[ひともつましとそおもふイ]
三月つこもり
はなもみなちりぬるやとはゆく春のふるさとゝこそなりぬへらなれ
五月ともし
さつきやま木のしたやみにともす火は鹿のたちとのしるへなりけり
六月うかひ[はイ]
かゝりひのかけしるけれはぬはたまのよかはのそこはみつももえけり
みなつきはたへ
みそきするかはの瀨みれはからころもひもゆふくれに波そたちける[新古今]
七月七日
たなはたにぬきてかしつるからころもいとゝなみたにそてやくちなん[拾遺]
秋風に夜のふけゆけはあまの河かは瀨になみのたちゐこそまて[拾遺]
八月こまむかへ
あふさかの關のしみつにかけみえていまやひくらんもちつきの駒[拾遺]
こたかゝり
秋の野にかりそくれぬるをみなへしこよひはかりの宿は[もイ]かさなん
あきの田のほにしいてぬれはうちむれて里とほみ[くイ]より鴈そきにける
志賀のやまこえ
ひとしれすこゆとおもひし足引の山したみつにかけは見えつゝ[拾遺]
ころもうつ
風さむみわかゝりころもうつときそ萩のした葉は[もイ]いろまさりける[拾遺]
十一月かまくら
おくしもにいろもかはらぬさかき葉に[のイ]かをやは[るやイ]ひとのとめて來つらん[拾遺]
おほたかゝり
しもかれのくさ葉をうしと思へはやふゆのゝのへは[をイ]ひとのかるらん
りんしのまつり
みやひとのすれるころもにゆふたすきかけてこゝろをたれによすらん
十二月佛名
年のうちにつもれるつみ[罪]はかきくらし[もりイ]ふるしら[ふりくるイ]ゆきと[のイ]ともにきえ[けなイ]なん[拾遺]
延喜十三年十月十四日内侍のかみの四十賀屏風の哥
うちのおほせにてたてまつる
野に人あまたある所
秋
まねくとてきつるかひなくはなすゝきほにいてゝかせのはかるなりけり
かりのなくをきける所
あき霧はたちきたれともとふかりのこゑはそら[こイ]にもかくれさりけり
月夜にころもうつところ
からころもうつこゑきけはつきゝよみまたねぬひとをそらにしるかな[こそしれイ]
かはのほとりにもみちある所
みなそこにかけしうつれは紅葉ゝのいろもふかくやなりまさるらん
やまのもみちしくれたるところ
あしひきのやまかきくらし[くもりイ]しくるれともみちはなほそてりまさりける
道ゆくひとの馬よりおりてきしのほとりなるまつのもとにやすみて波のよるをみたるところ
我のみやかけとはたのむしらなみもたえすたちよる岸のひめまつ
延喜十四年十二月二十五日女四[一イ]宮御屏風のれうのうたていしゐんのおほせによりてたてまつる十五首
あたらしきとしとはいへとしかすかに我身ふりぬるけふにそありける
やまみれは雪そまたふるはるかすみいつとさためてたちわたるらん
やまかせにかをたつねてやうめのはなにほへるほとにいへゐそめけん[新勅撰]
山のかひたなひきわたるしら雲はとほきさくらのみゆるなりけり
いかにして數をしらましおちたきつたきのみをよりぬくるしら玉
こゝにしてけふをくらさんはるの日のなかきこゝろをおもふかきりは
つきをたにあかすとおもひてねぬものをほとゝきすさへなきわたるかな
さはへなるまこもかりそけあやめ草そてさへひちてけふやくらさん[とるらんイ]
すみのえのあさみつしほにみそきしてこひわすれくさつみてかへらん
風のおと[のイ]秋にもあるか久かたのあまつそらこそかはるへらなれ
かりにとてわれはきつれとをみなへし見るにこゝろそ思ひつきぬる[拾遺]
つねよりもてりまさるかなあきやまのもみちをわけていつるつき影
こゑをのみよそにきゝ[なき]つゝ我宿のはきには鹿のうとくもある哉
さくかきりちらてはてぬる菊の花うへしもちよのよはひのふらん
吹風にちりぬとおもふ[をイ入]もみち葉のなかるゝたき[みつイ]のともにおつらん
延喜[水]十五年閏二月二十五日さいゐんの御屏風のわかうちのおほせによりてたてまつる
をんなともたきのほとりにいたりてあるはなかれたつる花を見あるは手をひたしてみつにそあへる
春くれは瀧のしらいといかなれはむすへともなほあわにとく[なるイ]らん[拾遺]
をんなともやまてらにまうてしたる
おもふことありてこそゆけ春霞道さまたけにたちわたるらん[かくすかなイ][拾遺]
ひとのきのしたにやすみてかはこしにさくらのはなみたる
をちかたのはなもみるへくしら波のともにやわれはたちわたらまし[拾遺]
道行人のかへるかりのわたるをみたる所
ねたきことかへるさならは鴈かねをかつきゝつゝそ我はゆかまし
をんなやなきの枝をひかへてたてり
花見にもゆくへきものをあをやきのいとてにかけてけふはくらしつ
ひとのいへにさくらのはなをみたる
わかやとのものなりなからさくらはな散るをはえこそとゝめさりけれ[新古今]
いけのほとりにふちのはなまつにかゝれる
みとりなる松にかかれる藤なれとおのかころとそ花はさきける[新古今]
延喜十五年十二月[二月三日イ]保忠左大辨の左[右イ]大臣北方被奉五十賀時屏風和哥
わかやとのまつのこすゑにすむ鶴は千世のゆきかとおもふへらなり
みつとのみおもひしものをなかれけるたきはおほくのいとにそありける
なへてしもいろかはらねとときはなるやまにはあきもしられさりけり
うつろはぬときはの山にふるときは時雨のあめそかひなかりける
もみち葉のまなくちりぬる木のした[もとイ]はあきのかけこそのこらさりけれ
延喜十五年九月二十二日大將[臣イ]御六十賀淸和の七宮御息所のつかうまつりたまひけるとき屏風料哥四首
春
かそふれはおほつかなきを我宿の梅こそはるのかすはしるらめ[拾遺]
もゝ千とりこつたひちらすさくら花いつれの春かきつゝみさらん
きくのはなしつくおちそひゆくみつのふかきこゝろをたれかしるらん
みよしのゝやまよりゆきの[はイ]ふりくれはいつともわかす[ぬイ]わかやとのたけ
延喜十六[八イ]年齋院御屏風のれうのうた内裏よりおほせうけたまはりて六首
人家に女ともの庭に出てゝ梅花を見又山に殘れる雪を見たる
うめのはなさくともしらすみよしのゝやまにともまつゆきのみゆらん
人の木のもとにたちてはるかなる櫻の花を見たる
山さくらよそにみるとてすかのねのなかきはるひをたちくらしつる
池のほとりに咲ける藤のもとに女とものあそひて花のかけを見たる
ふちのはないろふかけれやかけみれはいけのみつさへこむらさきなる
瀧のほとりにひときてみる
なかれよ[くイ]るたきのいとこそよわからしぬけとみたれておつるしらたま
うみのほとりにおひたるまつのほとりにみちゆくひとのやすみたるところ
幾世へしいそへのまつそむかしよりたちよる波やかすはしるらん
雪の庭にみてりける
よるならはつきとそみましわかやとのにはしろたへにふりしけるゆき[拾遺]
延喜十七年八月宣旨によりて
ひとはうへおそくしりけりうめのはなさけるのちにそはるもきにける
梅か枝にふりかゝりてそしらゆきの花のたよりにをらるへらなる[拾遺]
わかなつむ我をひと見はあさみとりのへのかすみもたちかくさなん
うくひすのたえすなきつる靑柳の絲にうきふしなくもあらなん
まつをのみたのみてさけるふちのはな千とせののちは[をイ]いかかとそみる[おもふイ]
ひともなき宿ににほへる藤のはな風にのみこそみたる[なひくイ]へらなれ
みてのみやたちくらしてん櫻花散るををしむにかひしなけれは
をしみにと來つるかひなくさくら花みれはかつこそちりまさりけれ
ちよまてのゆきかとみれは[かきりしあれはイ]まつかせにたくひてたつのこゑそきこゆる
いろのみそまさるへらなる磯の松かけみるみつもみとりなりけり
歸雁我ことつてよ草まくらたひはいへ[いもイ]こそこひしかりけれ
なかれゆくかはつなくなりあしひきのやまふきのはなにほふへらなり
夏衣しはしなたちそほとゝきす鳴ともいまたきこえさりけり
ほとゝきすまつところにはおともせていつれの里の月になくらん
こぬひとをしたにまちつゝひさかたのつきをあはれといはぬよそなき[拾遺]
あさきりのおほつかなきにあきの田のほにいてゝ鴈そ鳴渡るなる
女郎花うつろひかたになるときはかりにのみこそひとは見えけれ
花すゝきほにはおけともはつ霜のいろはみえすそきえぬへらなる
やへむくらおひにしやとにからころもたかためにかはうつこゑのする
おくものは久しきものをあきはきのした葉のつゆのほともなきかな
紅葉ゝのちりしくときはゆきかよふあとたにみえぬ山路なりけり
しらなみのふるさとなれやもみち葉のにしきをきつゝたちかへるらん
ものことにふりのみかくすゆきなれとみつにはいろものこらさりけり
降雪を空にぬさとそたむけゝる春のさかひにとしのこゆれは
延喜十七年の冬なかつかさの宮の御屏風の哥
元日
から衣あたらしくたつとしなれはひとはかく[つイ]こそふりまさりけれ[ふりぬへらなれイ]
子日
春霞たなひくまつのとしあらはいつれのはるかのへにこさらん
みちゆくひとさくらのもとにとまれる
たまほこのみちはなほまたとほけれとさくらをみれはなかゐしぬへし
あたなり[おほかりイ]と思ふものから櫻花みゆるところは[あるところにはイ]やすくやはゆく
たきあるところ
まつのおとことにしらふるやまかせはたきのいとをやすけてひくらん
いけのほとりにふちのはなあるところ
いけみつにさきたるふちをかせふけはなみのうへにたつなみかとそみる
九月つこもり
紅葉ゝはわかれをしみてあき風は
けふやみむろの
やまをこゆらん
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