拾遺愚草卷上皇太后大夫百首/藤原定家


據戦前版国歌大観



拾遺愚草上

 皇太后大夫百首[文治三年春詠(二)送之(一)]

 詠(二)百首和歌(一)

                            侍從

  春十五首

もろひとのそてをつらぬるむらさきのにはにやはるもたちはそむらむ

はる來ぬとかすみはいろにみすれともとしをこむるはうめのはつはな

みねのまつたにのふるすにゆきゝえてあさ日とゝもに出つるうくひす

うめのはなにほひのいろはなけれともかすめるまゝをゆくへとそ見る

いろまさるまつのみとりのひとしほにはるの日かすのふかさをそしる

あさみとりつゆぬきみたるはるさめにしたさへひかるたまやなきかな

あきゝりをわけしかりかねたちかへりかすみにきゆるあけほのゝそら

しるからむこれそゝれとは云はすともはなのみやこのはるのけしきは (しるからむ、しるか一本作しくる

しらくもとまかふさくらにさそはれてこゝろそかゝるやまのはことに

かすみともはなともわかすゝかはらやふし見のさとのはるのあけほの

ゆきと散るひらのたかねのさくらはななほ吹きかへせ志賀のうらかせ (吹、一本作咲

いかにしてしつこゝろなく散るはなのゝとけきはるのいろと見ゆらむ

こゝのへの雲のうへとはさくらはな散りしくはるの名にこそありけれ

ふりにけるにはのこけちにはるくれてゆくへもしらぬはなのしらゆき

あつさゆみ入る日をいかてひきとめむさてもやおしてはるのかへると

  夏十首

いつしかとけふぬくそてよはなの色のうつれはかはるこゝろなりけり

あたらしやしつかゝきねをかりそめにへたつはかりの八重の卯のはな

そらもそらなかてもやましゆふくれをさもわひさするほとゝきすかな

なこりたにしはしなあけそほとゝきすなきつる夜はのそらのうきくも

さみたれのをやまぬそらそもしほやくうらのけふりのはれまなりける

にはたつみかきほもたへぬさみたれはまきの戶くちにかはつなくなり

あちさゐのした葉にすたくほたるをはよひらのかすのそふかとそ見る

くれなゐのつゆにあさひをうつしもてあたりまてゝるなてしこのはな

なみかせのこゑにもなつはわすれくさ日かすをそつむすみよしのはま

みそきかはからぬあさちのすゑをさへみなひとかたにかせそなひかす

  秋十五首

あきの色をしらせそむとやみかつきのひかりをみかくはきのしたつゆ

わすれみつたえまたえまのかけ見れはむらこにうつるはきかはなすり

ゆふされはすきにしあきのあはれさへさらに身にしむをきのうはかせ

そてはさそあきはこゝろにつゆやおくかせにつけてもまつくたくらむ

たつぬれははなのつゆのみこほれつゝのかせにたくふまつむしのこゑ

さゝなみや志賀のうらちのあさきりにまほにも見えぬおきのともふね

われのみとこゑにもしかのたつるかなつきはひかりに見せぬあきかは

まちをしむひまこそなけれあきかせのくもふきまかふ夜はのつきかけ

いかにせむさらてうき世はなくさますたのみしつきもなみたおちけり

となせかはたま散る瀨ゝのつきを見てこゝろそあきにうつりはてぬる

やまのはになこりとゝめぬかけよりもひとたのめなるありあけのつき

あきふかきゝしのしらきくかせふけはにほひはそらの物にそありける

さひしさはおきそへてけりはきの枝のあきのすゑ葉にまよふはつしも (まよふ、一本作まかふ

いろいろにもみちをそむるころも手もあきのくれゆくつまと見ゆらむ

くれてゆくあきもやま路の見えぬまて散りかひくもれみねのもみち葉

  冬十首

さためなきしくれのくものたえまかなさてやもみちのうすくこからむ

ふゆ來てはのへのかりねのくさまくらくるれはしもやまつむすふらむ

たひねするゆめ路はたえぬすまのせきかよふ千とりのあかつきのこゑ

ふりしきしこの葉のにはにいつなれてあられまちとるゆめをつくらむ

日かけくさくもりなきよのためしとやとよのあかりにかさしそめけむ

かみかきやしもおくまゝにうちしめりつきかけやとるやまあゐのそて

ふるゆきにさてもとまらぬみかり野をはなのころものまつかへるらむ

つもりけるゆきのふかさもしらさりつまきの戶あくるあけほのゝそら

をちかたやはるけきみちにゆきつもりまつ夜かさなるうちのはしひめ

としのうちにはかなくかはることもみな暮ぬるけふそおとろかれぬる

  忍戀十首

わかこひよきみにもはてはしのひけりなにをはしめとおもひそめけむ

みをつくしゝのふなみたのみこもりにこのよをかくてくちやはてなむ

いかならむふしにさそともしらせましまたねもたてぬ夜はのふえたけ

ことつてむひとのこゝろもあやふさにふみたにも見ぬあさむつのはし

袖のうへにさもせきかへすなみたかなひとの名をさへくたしはてしと

おりたちてかけをも見はやわたりかはしつまむそこのおなしふかさを

あらはれむそのにしき木はさもあらはあれ君か爲てふ名をしたてすは

あしかきのひとめひまなきまちかさをわけてつたふるまほろしもかな

みたれしとかくてたえなむたまのをよなかきうらみのいつかさむへき

こひわひぬこゝろのおくのしのふやまつゆもしくれもいろに見せしと

  逢不遇戀十首

あけぬとてわかれしそらにまさりけりつらきうらみのかへるこひ路は

としつきはおのかさまさまつもるともわするへしとはちきりやはせし

なかくしもむすはさりけりちきりゆゑなにあけまきのよりあひにけむ

かきなかすたゝそのふてのあとなからかはるこゝろのほとは見えけり

よとゝもにしのふなけきのなくさめはわすらるゝ名のたえぬはかりや

なほそうきこの世にきゝしことの葉はかはるもゝとのちきりと思へは

うきをなほしたふこゝろのよわらぬやたゆるちきりのたのみなるらし

わすれぬやさはわすれけるわかこゝろゆめになせとそいひてわかれし

うつるなりよしさてさらはなからへよさのみあたなるきみか名もをし

たひのそらしらぬかりねのたちわかれあしたのくものかたみたになし

  寄名所戀十首

かすみしくよしのゝやまのさくらはなあかぬこゝろはかゝりそめにき

いはてのみとしふるこひをすゝかゝはやそ瀨のなみそそてにみなきる (やそ瀨、そ一本作と

いつかこのつき日をすきのしるしとてわかまつひとをみわのやまもと

きよみかたせきもるなみにことゝはむわれよりすくるおもひありやと

なみこさむそてとはかねておもひにきすゑのまつやまたつね見しより

しほかまのうらみになれてたつけふりからきおもひはわれひとりのみ

たつね見よゝしさらしなのつきならはなくさめかぬるこゝろしるやと (こゝろ、ろ一本作ち

いかてなほわか手にかけてむすひみむたゝあすかゐのかけはかりたに

なみたやはもみち葉なかすたつたかはたきるとすれはかはるいろかな

ぬのひきのたきよりほかにぬきみたるまなくたま散るとこのうへかな

  雜戀十首

ほともなきおなしいのちをすてはてゝきみにかへつるうき身ともかな

よなよなは身もうきぬへしあしへよりみち來るしほのまさるおもひに

さもこそはみなとはそてのうへならめきみにこゝろのまつさわくらむ

きみのみとわきてもいまはつらからすかゝる物おもふ世をそうらむる

ときのまのそてのうちにもまきるやとかよふこゝろに身をたくへはや

うらみつときゝたにはてしまたれすはたゝあけぬまのいのちともかな

こひしさのまさるなけきはゆめならてそれとたに見ぬやみのうつゝよ

すまのあまのそてにふきこすしほ風のなるとはすれと手にもたまらす

みてすきよなほあさかほのつゆのまにしはしもとめむあかぬひかりを

あひみてもなほゆくへなきおもひかないのちやこひのかきりなるらむ

  旅戀五首

こひわひぬはな散るみねにやとからむかさねしそてやさてもまかふと

なつやまやゆくてにむすふしみつにもあかてわかれしふるさとをのみ

くさまくら散るもみち葉のひまもかななれこしかたをよそにたに見む

かりにゆふいほりもゆきにうつもれてたつねそわふるもすのくさくき

わすれはやまつかせさむき波のうへにけふしのへともちきらぬものを

  寄法文戀五首

   人天交接兩實相見

ひとの世もそらもあひ見むときにもやきみかこゝろはなほへたつへき

   我不愛身命

あちきなやかみなきみちをゝしむかはいのちをすてむこひのやまへに

   又如淨明鏡

のりにすむこゝろに身をもみかゝはやさてもこひしきかけや見ゆると

   如渡得舩

きみをおきてまつもひさしきわたし舟のりうるひとのちきりなれとや

   又如一眼之龜値浮木孔

たとふなるなみ路のかめのうき木かは

   あはてもいくよ

      しをれきぬらむ







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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