秋篠月淸集卷一歌合百首／藤原良經

秋篠月淸集［藤原良經／據國哥大觀戰前版］

秋篠月淸集一

　哥合百首

　　元日宴

あらたまのとしをくもゐにむかふとてけふもろひとに御きたまふなり

　　餘寒

そらはなほかすみもやらすかせ冱えてゆきけにくもるはるのよのつき

　　春水

木のまより日かけやはるをもらすらむまつのいはねのみつのしらなみ

　　若草

ゆきゝゆるかれのゝしたのあさみとりこそのくさ葉やねにかへるらむ

　　賭弓

けふはわれきみのみまへにとるふみのさしてかたよるあつさゆみかな

　　野遊

みやこひとやとをかすみのよそに見てきのふもけふものへにくらしつ

　　雉

むさしのにきゝすもつまやこもるらむけふのけふりのしたになくなり

　　雲雀

かたをかのかすみもふかき木かくれにあさ日まつまのひはりなくなり

　　遊絲

おもかけに千さとをかけて見するかなはるのひかりにあそふいとゆふ

　　春曙

見ぬ世まておもひのこさぬなかめよりむかしにかすむはるのあけほの

　　遲日

あきならはつきまつことのうからましさくらにくらすはるのやまさと

　　志賀山越

をちかたやまた見ぬみねはかすみにてなほはなおもふしかのやまこえ

　　三月三日

散るはなをけふのまとゐのひかりにてなみまにめくるはるのさかつき

　　蛙

あめそゝくいけのうきくさかせこえてなみとつゆとにかはつなくなり

　　殘春

よしのやまはなのふるさとあとたえてむなしきえたにはるかせそふく

　　新樹

はなは散りぬいかにいひてか人またむつきたにもらぬにはの木すゑに

　　夏草

なつくさのもともはらはぬふるさとにつゆよりうへをかせかよふなり

　　賀茂祭

くもゐよりたつるつかひにあふひくさいくとせかけつかものかはなみ

　　鵜河

おほゐかはなほやまかけに鵜かひふねいとひかねたるよはのつきかな

　　夏夜

うたゝねのゆめよりさきにあけぬなりやまほとゝきすひとこゑのそら

　　夏衣

かさねてもすゝしかりけりなつころもうすきたもとにやとるつきかけ

　　扇

手にならすなつのあふきとおもへともたゝあきかせのすみかなりけり

　　夕顏

かたやまのかきねの日かけほの見えてつゆにそうつるはなのゆふかほ

　　晩立

いり日さすとやまのくもははれにけりあらしにすくるゆふたちのそら

　　蟬

なくせみの羽におくつゆにあきかけて木かけすゝしきゆふくれのこゑ

　　殘暑

うちよするなみよりあきのたつたかはさてもわすれぬやなきかけかな

　　乞巧

ほしあひのそらのひかりとなるものはくもゐのにはにてらすともしひ

　　稻妻

はかなしやあれたるやとのうたゝねにいなつまかよふ手まくらのつゆ

　　鶉

ひとりぬるあしのまろやのしたつゆにとこをならへてうつらなくなり

　　野分

きのふまてよもきにとちししはのとものわきにはるゝをかのへのさと

　　秋雨

ふりくらすこはきかもとのにはのあめをこよひはをきのうへにきく哉

　　秋夕

物おもはてかゝるつゆやはそてにおくなかめてけりなあきのゆふくれ

　　秋田

やまとほきかと田のすゑはきりはれて穗なみにしつむありあけのつき

　　鴫

なみよするさはのあしへをふしわひてかせにたつなりしきのはねかき

　　廣澤池眺望

こゝろには見ぬむかしこそうかひけれつきになかむるひろさはのいけ

　　蔦

うつのやまこえしむかしのあとふりてつたのかれ葉にあきかせそふく

　　柞

はゝそはらしつくもいろやかはるらむもりのしたくさあきふけにけり

　　九月九日

くものうへにまち來しけふのしら菊はひとのことはの花にそありける

　　秋霜

しもむすふあきのすゑ葉のをさゝはらかせにはつゆのこほれしものを

　　暮秋

たつたひめいまはのころのあきかせにしくれをいそくひとのそてかな

　　落葉

散りはてむこの葉のいろをのこしてもいろこそなけれみねのまつかせ

　　殘菊

さまさまのはなをはきくにわけとめてかきねにしらぬしもかれのころ

　　枯野

見しあきをなにゝのこさむくさのはらひとつにかはるのへのけしきに

　　霙

かせさむみけふもみそれのふるさとはよしのゝやまのゆきけなりけり

　　野行幸

せりかはのなみもむかしにたちかへりみゆきたえせぬさかのやまかけ

　　冬朝

くもふかきみねのあさけのいかならむまきのとしらむゆきのひかりに

　　寒松

しみつもるたにのとほそもとちはてゝこほりをたゝくみねのまつかせ

　　椎柴

やまさとのさひしさおもふけふりゆゑたえたえたてるみねのしひしは

　　衾

冱ゆる夜にをしのふすまをかさねきてそてのこほりをはらひかねつゝ［鴛］

　　佛名

ひとゝせのはかなきゆめはさめぬらむ三世のほとけのかねのひゝきに

　　初戀

しらさりしわかこひくさやしけるらむきのふはかゝるそてのつゆかは

　　忍戀

もらすなよくもゐるみねのはつしくれこの葉はしたにいろかはるとも

　　聞戀

たにふかみはるかにひとをきくのつゆふれぬたもとよなにしをるらむ

　　見戀

わすれすよほのほのひとをみしま江のたそかれなりしあしのまよひに

　　尋戀

たとりつるみちにこよひはふけにけりすきの木すゑにありあけのつき

　　祈戀

いくよわれなみにしをれてきふねかはそてにたま散るものおもふらむ［貴船川］

　　契戀

いけらはとちかふその日もなほこすはあたりのくもをわれとなかめよ

　　待戀

よもきふのすゑ葉のつゆのきえかへりなほこの世にとまたむものかは

　　逢戀

からころもかさぬるちきりくちすしていくよのつゆをうちはらふらむ

　　別戀

わすれしのちきりをたのむわかれかなそらゆくつきのすゑをかそへて

　　顯戀

そてのなみむねのけふりはたれも見よきみかうき名のたつそかなしき

　　稀戀

ありし世のそてのうつり馨きえはてゝまたあふまてのかたみたになし

　　絕戀

やすらひにいてにしひとのかよひ路をふるきのはらとけふは見るかな

　　恨戀

なみそよるさてもみるめはなきものをうらみなれたるしかのさとひと

　　舊戀

すゑまてといひしはかりにあさちはらやともわか身もくちやはてなむ

　　曉戀

つきやそれほの見しひとのおもかけをしのひかへせはありあけのそら

　　朝戀

ひとりねのそてのなこりのあさしめり日かけにきえぬつゆもありけり

　　晝戀

物おもへはひまゆくこまもわすられてくらすなみたをまつおさふらむ

　　夕戀

きみもまたゆふへやわきてなかむらむわすれすはらふをきのかせかな

　　夜戀

見しひとのねくたれかみのおもかけになみたかきやるさ夜の手まくら

　　老戀

きみゆゑにいとふもかなしかねのこゑやかてわかよもふけにしものを

　　幼戀

ゆくすゑのふかきえにとそちきりつるまたむすはれぬよとのわかこも

　　遠戀

こひしとはたよりにつけていひやりきとしはかへりぬひとはかへらす

　　近戀

あしかきのうへふきこゆるゆふかせにかよふもつらきをきのおとかな

　　旅戀

まくらにもあとにもつゆのたま散りてひとりおきゐるさよのなかやま

　　寄（レ）月戀

そてのうへになるゝもひとのかたみかは我とやとせるあきのよのつき

　　寄（レ）雲戀

きみかりとうきぬるこゝろまよふらむくもはいくへそゝらのかよひ路

　　寄（レ）風戀

いつもきくものとやひとのおもふらむ來ぬゆふくれのまつかせのこゑ

　　寄（レ）雨戀

ふかきよのゝきのしつくをかそへてもなほあまりあるそてのあめかな

　　寄（レ）煙戀

しのひかねこゝろのそらにたつけふり見せはやふしのみねにまかへて

　　寄（レ）山戀

すゑのまつまつ夜いくたひすきぬらむやまこすなみをそてにまかせて

　　寄（レ）海戀

よさのうみのおきつしほ風うらにふけまつなりけりとひとにきかせむ

　　寄（レ）川戀

よしのかはゝやきなかれをせくいはのつれなきなかに身をくたくらむ

　　寄（レ）關戀

ふるさとに見しおもかけもやとりけりふはのせきやのいたまもるつき

　　寄（レ）橋戀

こひわたるよはのさむしろなみかけてかくやまちけむうちのはしひめ

　　寄（レ）草戀

ひとまちしにはのあさちふしけりあひてこゝろにならす道しはのつゆ

　　寄（レ）木戀

おもひかねうちぬるよひもありなましふきたにすさへにはのまつかせ

　　寄（レ）鳥戀

時しもあれそらとふとりのひとこゑもおもふかたよりきてやなくらむ

　　寄（レ）獸戀

このころのこゝろのそこをよそに見はしかなくのへのあきのゆふくれ

　　寄（レ）蟲戀

つらからむなかこそあらめをきはらやしたまつむしのこゑをたにとへ

　　寄（レ）笛戀

ふえたけのこゑのかきりをつくしてもなほうきふしや世ゝにのこらむ

　　寄（レ）琴戀

きみゆゑもかなしきことのねはたてつ子をおもふ鶴にかよふのみかは

　　寄（レ）繪戀

ますかゝみうつしかへけむすかたゆゑかけたえはてしちきりをそしる

　　寄（レ）衣戀

うちとけてたれにころもをかさぬらむまろかまろねも夜ふかきものを

　　寄（レ）蓆戀

ひとまつとあれゆくねやのさむしろにはらはぬちりをはらふあきかせ

　　寄（二）遊女（一）戀

たれとなくよせてはかへるなみまくらうきたるふねのあともとゝめす

　　寄（二）傀儡（一）戀

ひと夜のみやとかるひとのちきりとてつゆむすひおくゝさまくらかな

　　寄（二）海人（一）戀

しほかせのふきこすあまのとまひさししたにおもひのくゆるころかな

　　寄（二）樵夫（一）戀

こひ路をはかせやはかよふあさゆふにたにのしはふねゆきかへれとも

　　寄（二）商人（一）戀

としふかきいり江のあきのつき見ても

　　　わかれをしまぬ

　　　　　　ひとやかなしき