風雅和歌集。卷第十戀哥乃一。原文。
風雅和歌集
風雅倭謌集。底本『廿一代集第八』是大正十四年八月二十五日印刷。同三十日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。
風雅和謌集卷第十
戀哥一
戀の歌の中に
權大納言公䕃
契りありてかゝる思ひやつくはねのみねとも人のやかて戀しき
百首歌奉し時戀歌
關白右大臣
しられしなをさふる袖の淚川したにははやき水のこゝろを
題しらす
前參議敎長
しはしこそ袖にもつゝめ淚川たきつ心をいかてせかまし
後醍醐院御歌
我戀ははつもとゆひのこむらさきいつしか深き色に見えつゝ
初戀の心をよめる
前中納言定家
昨日今日雲のはたてになかむとて見もせぬ人の思ひやはしる
戀の思ひと云事を
今上御歌
物思ふと我たにしあぬ此ころのあやしくつねはなかめかちなる
院六首歌合に戀始
冷泉
人しれぬ心のうちのおもひゆへ常はなかめの日比にもにぬ
戀山を
權大納言公䕃
岩かねのこりしく山にあらなくにいもかこゝろの我にうこかね
題しらす
從三位親子
深き江のあしのしたねよ[・に(イ)]よしさらはたゝ朽はてねみこもりにして
初て人のもとにつかはしける
大貮三位
うつもるゝ雪の下草いかにして妻こもれりと人にしらせん
承平五年内裏の御屏風に女に男の物いふまへに櫻花ある所
貫之
よそにては花のたより[・なかめ(イ)]と見えなから心のうちに心ある物を
戀歌の中に
從二位家隆
靑柳のかつらき山のよそなから君にこゝろをかけぬ日はなし
寄樹戀と云ことを
前大納言敦忠
人しれすおもふ心はとしへてもなにのかひなく成ぬへきかな
堀川院百首歌に忍戀を
中納言國信
うちたえてなかめたにせす戀すてふけしきを人にせみしと思へは
おなし心を
太宰大貮重家
つらからん時こそあらめあちきなくいはて心をくたくへしやは
戀御歌中に
御二條院御歌
いひ出んことのはも猶忍はれてこゝろにこむる我思ひかな
戀硯といふ事を
徽安門院
いつとなくすゝりにむかふ手ならひよ人にいふへき思ひならねは
百首歌奉りしに
左兵衞督直義
淚をはもらさすとても物思ふこゝろの色のえやはかくれん
戀歌とて
宣光門院新右衞門督
忍ひかね心にあまる思ひなれはいはても色にいてぬへきかな
院六首歌合に戀始
權大納言公䕃
しらせねは哀もうさもまたみぬに淚まてには何かこほるゝ
寶治百首歌中に寄月戀
花山院前内大臣
ほのかなる面影はかり三か月のわれて思ふとしらせてしかな
月前戀と云ことを
鎌倉右大臣
我袖におほえす月そやとりける問人あらはいかゝこたへん
祝子内親王
月はたゝむかふはかりのなかめ哉心のうちのあらぬおもひに
寶治百首歌に寄草戀
前大納言爲氏
かれねたゝその名もよしや忍ふ草おもふにまけは人もこそしれ
建長五年五月後嵯峨院に三首歌奉けるに寄郭公戀といふ事を
前大納言爲家
郭公今は五月と名のるなり我忍ひ音そ時そともなき
題しらす
鴨長明
忍ふれはねにこそたてね棹鹿のいる野の露のけぬへき物を
寶治百首歌に寄關戀を
皇太后宮大夫俊成女
こえてまた戀しき人に逢坂の關ならはこそ名をも賴まめ
題不知
今出川前右大臣
戀しなん後のあはれのためはかりかくともせめてしらせてしかな
戀の心を
永福門院
さてもわか思ふおもひよつゐにいかに何のかひなきなかめのみして
日吉社歌合に
刑部卿賴輔
つらくともつゐの[・に(イ)]賴みはありなましあはぬためしのなき世也せは
はしめて人のもとにつかはしける
大江嘉言
忍ふれと思ふ思ひのあまりには色に出ぬる物にそありける
題しらす
藤原元眞
忘るやとしはしはかりは忍ふま[・る(イ)]に心よはきは淚なりけり
つれなくのみ侍ける人のもとにつかはしける
俊賴朝臣
わひつゝは賴めたにせよ戀しなん後の世まてもなくさめにせん
戀歌中に
進子内親王
身をかへて見る道もかなつれなさの人にもかゝる人のこゝろか
百首歌奉りし時
大納言公重
をのつから我思ひねに見る夢や人はゆるさぬ契りなるらん
戀歌とて
源定忠朝臣母
忘られん名をたにせめてなけかはやそれもなれての後そと思へは
文保三年後宇多院に奉りける百首歌中に
後醍醐院少將内侍
つれもなき人の心の關もりは夢路まてこそゆるさゝりけれ
つれなかりける女の夢にはなさけあるさまに見えけれは申つかはしける
前左兵衞督惟方
つれもなきうつゝを夢に引かへてうれしき夢をうつゝともかな
戀歌に
權大納言公宗
しえらせねはつれなき色も見えぬまのうからぬ人に物をこそ思へ
順德院御歌
おもひあまりしられんと思ふことのはも猶人つての中そ悲しき
淸愼公女のもとへつかはしける
西宮前左大臣
霧はかり賴む心はなけれともたれにかゝれる我ならなくに
女のもとにはしめてつかはしける
祭主輔親
問ことのはしめはけふにみゆらめと思ふ心は年そへにける
女につかはしける
東三條入道攝政前太政大臣
をとにのみきけはかひなし郭公ことかたらはんと思ふ心あり
返し
前右近大將道綱母
かたらはん人なきさとにほとゝきすかひなかるへき聲なふるしそ
顯戀の心を
源兼氏朝臣
かくれなきにほの通路今更にあさきこゝろのみつからそうき
春比山しなわたりをありきけるに梅花さかりなるやとの見え侍けれはあるしをとはせ侍るにはしたなくいひけれはいひ入侍ける
藤原隆信朝臣
梅か香はしるへかほなる春風のたかゆくゑともなとや吹こぬ
返し
讀人しらす
しらるへき行衞ならぬと梅かゝにさそはれてこはいかゝいとはん
かやうにいひてたいめんなとし侍ける後にいひつかはしける
藤原隆信朝臣
色深く染し心そわすられぬ深山の里の梅のにほひに
返し
よみ人しらす
歸りにし心の色のあさけれはあたに染ける花とこそみれ
戀歌とて
永福門院
あやしくも心の中そみたれ行物思ふ身とはなさしと思ふに
忍戀を
西園寺前内大臣女
くやしくそしはし人まをゆるしつるとゝめかねける袖の淚を
六帖題にいひはしむといふ事を
徽安門院
大方になれし日比もうとき哉かゝる心を思ひけるよと
戀御歌の中に
永福門院
思ふかたに聞きし人まの一言よさてもいかにといふ道もなし
忍戀の心を
後伏見院御歌
あちきなや人の憂名をたてしゆへ我思ひをはなきになしつる
六首歌合に戀始といっふことを
院御歌
うちつけに哀なるここそ哀なれ契ならてはかくやと思へは
徽安門院
思ふてふことはかくこそ覺えけれまたしらさりし人のあはれの
百首歌奉しに
藤原爲忠朝臣
あひ思ふ心とまては賴まねとうき名は人もさそ忍ふらん
戀歌の中に
新宰相
なき名そと我心にもこたへはやその夜の夢のかこと計は
前大納言實明女
さてもともとはれぬ今はまたつらし夢なれとこそいひし物から
前大納言俊定
夢にたにみつとはいはしをのつから思ひあはする人もこそあれ
不惜名戀
平宗宣朝臣
なき名とも人にはいはしそれをたにつらきか中の思出にして
題しらす
永福門院右衞門督
夢かなをみたれそめにし朝ねかみ又かきやらん末もしらねは
初逢戀の心を
進子内親王
今朝よなをあやしくかはるなかめ哉いかなる夢のいかゝ見えつる
題しらす
永福門院
とにかくにはれぬ思ひにむき初てうきよりさきに物のかなしき
戀歌の中に
太上天皇
我は思ひ人にはしゐていとはるゝこれを此の世の契なれとや
進子内親王
ねられねは夢にはあらし面影の心にそひてみゆるなりけり
百首歌奉し時
徽安門院一條
さすかいかに人の思はゝやすからんつゝむかうへの夢のあふせも
戀歌に
永福門院右衞門督
こよかよふ道もさすかになからめやたゝうき中そ忍ふにはなる
藤原爲秀朝臣
おり〱にきゝみることのそれもみな戀しき中[・事(イ)]のすさひにそなる
女のもとへつかはしける
俊賴朝臣
戀しさに身のうき事も忘るれはつらきも人はうれしかりけり
戀歌の中に
賀茂保憲朝臣女
思はしと心をもとく心しもまとひまさりて戀しかるらん
題しらす
讀人しらす
空蟬の人めをしけみあはすして年のへぬれはいけりともなし
心にはもえて思へとうつせみの人めをしけみいもにあはぬかも
人ことをしけしといもにあはすして心の中にこふるこのころ
中納言家持
うつゝにはさらにもいはす夢にたにいもか袂をまきぬとしみは
讀人不知
いかならん日の時にかもわきもこかもひきの姿あさにけにみん
かくはかりこひんとかねてしらませはいもをは見すもあるへかりける
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