小説《ラルゴのスケルツォ》イ短調のプレリュード、モーリス・ラヴェル。連作:Ⅲ…世界の果ての恋愛小説③/オイディプス




とりあえずは、《イ短調のスケルツォ》と総題をつけてみたこの連作は、

・《under world is rainy》

・《堕ちる天使》

・《Largo; Scherzo》

・《堕ちる天使》

・《silence for a flower》

以上5つの中篇連作と、《それら花々は恍惚をさえ曝さない》というひとつの長編から形成される予定です。

連作の中で、一番のキーになるのは、この《ラルゴのスケルツォ》です。

全体としては、《浜松中納言物語》をベースにした、夢と、転生と、リアルの強烈さにもとづく、存在論的な物語、になるはずです。

いま、長編のほうを書いています。

そちらの方は、最初に書いた《蘭陵王》という短い中篇を、もう一度リライトしようとした、そんな作品にもなっています。


読んでいただければ、ありがたいです。


2018.09.04 Seno-Le Ma









ラルゴのスケルツォ

Scherzo; Largo









《イ短調のプレリュード》、モーリス・ラヴェル。連作:Ⅲ

Prelude in A mainor, 1913, Joseph-Maurice Ravel









Οἰδίπους ἐπὶ Κολωνῷ













なぜ、僕が?と、問い返したのは、「好きなの?」心の中だけだったが?…なに?聞き返した由香に、微笑むばかりで首を一度振った。

「へんな、ヤツ」…誰が?

…ねぇ、「…あんた。」…誰が?繰り返した。由香は、「あんた、女、一杯作れそうなのに、作んないね。」欲しいの?

由香のはにかむそらされた眼差し。

僕が?

想う。

俺が?

なんで?

俺を?

欲しいの?

見つめればいいのに、と、私は由香のそらされたその視界の縁にはっきりと私を捉えて放さない眼差しを笑った。「…なに?」それはいたずらのようなもの。あるいは。私は不意に想いたって由香の右の頬にキスをくれたが、教室の中。

それは。

昼休みの、その。そしてみんなそこにいたから、唐突な、想いつきのキスは誰の目にも目に留まらざるを獲ない。一瞬の、空気の戸惑いと、その瞬間だけの時間の感覚的な消滅の後に、誰かの囃し立てた声がそれら、無言のためらいを崩壊させて、喚声。わめき声とささやき声が束になって、(非難じみてさえいた、)いくつかの鮮明な嫉妬と、(それら。)失望と、反転した強烈な憎悪さえ含まされて、(声。)すでに私は笑っていた。(笑い声の群れ。)いかなる感情を選択するべきなのか、混濁した感情の束を持て余した由香はひきつめた息を吐いて私をひっぱたいたが、そのとき飛び出して行った由香はその日の午後を早退した。どう想ったのだろう?夢のように?

焦がれた果ての?笑うしかない夢。

自分で自分を嘲笑わなければならないような。

教師に呼び出された私は、…あげよう。こっぴどくしかられたものだったが、…君に。次の日から何事もなかったような私の普通の振る舞いに、…欲しいなら。

あげよう。君に。すべてを。望むものの。それを。あなたが…すべてを。結局は、もはや単なる暴力そのものとして食い散らかして仕舞うか、屈辱に塗れて諦めて仕舞うしか、そのすべはないというのなら。

由香は、どんな夢のように想っていたのだろうか。もう二度と、まともに私に目線をくれなくなって、その視界の端に、執り憑かれたように私の気配を、姿の断片を捉え続けていた由香は。抱きしめた。その日も、美紗子を。私は気付いていた。由香に口付けをくれた瞬間に、ふと、母親のその行為は暴力に他ならないことを、不意に認識して仕舞った私は、由香のために浮かべた微笑の向こうに、失心しそうな意識の白濁を共存させて、その、直視した光源がくらませて仕舞った逆光のような白濁。

明らかに、私は傷付けられ、他者の自分勝手な欲望に蹂躙された少年だった。隠しようもなく。何の、傷さえ持ってはいなかったとしても。憎しみ。

…認識。

憎む。

私は傷付いている。

嫌悪。

私は。

唾棄すべき、その。

辱められて。

灼けつくような。

認識する。

殺してしまえ。

私は。

死ねばいい。

知った。

激怒。

自分の姿を。

怒りの透明な。

私は美しい。

その発熱の、…光?

欲望の対象。

白濁した光。

誰の?

憤怒。

彼女の。

抱く。無言で、眼差しを絡み合わせることもなく、いつもとは違った気配の中に彼女を抱いた私を、その夜に美紗子はどう想ったのだろう?…欲しいの?

僕が?「…好き?」

好き。

理沙の眼差しがそうつぶやいたので、バスタブの中に抱きしめたまま、額に口付けた。

たぶん。…知ってる?花を活ける理沙の後姿に私はつぶやいた。頭の中でだけ、僕たちは。

知ってる?

逢うよ。きっと、もう一度、なんども生まれ変わって、そしてそのたびに愛し合うに違いない。もはや、それは理沙ではなくて、理沙ではありえないから、理沙を愛しているなどとは言獲ないにも拘らず、なんどもなんども生まれ変わって、僕たちは愛し合う。…永遠に?

魂になど、たぶん、何の価値もないから、失われて仕舞うにすぎない記憶は最早なんの同一性さえも維持できないままに、愛する。なんども繰り返し、僕たちは生まれ変わって。

愛し合っていた。

君を。

それが誰であるかはもはや、無意味でさえあった。繰り返し、ずっと、私は、そして細めらた眼差しが、ガラスの向こうの雪を見る。

雪を。

見たい?

言われたフエは、声を立てて笑い、うなづき、熱帯。

熱帯の町に、雪は降らない。

おそらくは絶対に。地球が、破綻でもしない限りは。

大陸の南の果て。ベトナム、世界の中の田舎者たち。自分たち流儀の不可解なマナー以外のなにも知らず、自分たちが外国人たちの眼差しにさえ鈍感でいることに気付きもしない。だから、結果的に、意図もないままに世界の無作法者でしかない彼ら。美紗子は言った。**よ。

日本にいるベトナム人、悪いよ。

60歳の美紗子はそう言って、疑いの眼差しをフエに向けたが、そのスマホの無料通話の画面の向こうで、フエは媚態を一杯に撒き散らし、微笑む自分に向けられたまなざしの冷たさには気付かない。

あるいは意図的に。

「そんなことないよ」

…かもね。

「…本当よ」

…たぶんね。

「反対?」…結婚に。

あなたは反対しているんですか?









「…まさか」何度目かで、息子を失う。例えば、二十歳のとき、初めて、そして一度だけ私に殴られたときに、美紗子は私をすでに失っていたに違いなかった。抱かれた後の倦怠のなかに、身を起こそうとしてついた美紗子のよろめいた手が私の二の腕を踏みつけたときに、炸裂した強烈な憎悪、一瞬の、鮮明すぎる、それは何故だったのだろう。我を忘れて彼女に殴りかかり、ベッドになぎ倒して首を絞めさえした私に、私を制止するすべさえなかった。行き絶えかかって疲れ果てて、やがては脱力するしかない美沙子の四肢と眼差しの開かれた瞳孔が、私にくれた容赦のない絶望。それは私の暴力を無慈悲にぶった切って中断させた。

残った、息遣いの音声を聞き、美紗子。その、重なり合わないそれ。息遣い。混濁した、それら、聴く。

聴こうとした。

音。…窓の、外。

窓の外に降る、雪が立てているかもしれない音を。

澄まして。

聴こえはしない。

耳を。

まさか。

澄ます。

気付いた。

耳を。

堕ちていく、てざわりさえない速度の中で。

気付く。

速度。

あの、疾走し、その速度が光の直線にして仕舞ったすれ違う光源の、これら、群れ。

気付いていたのは、自分が堕ちていくことを、すでに認識していた事実だった。

速度の中で、視界は最早残像をしか捉えない。

わからなかった。

風景が上昇していたのか。

それとも。

堕ちる。

私のほうが、落ちているのか。いずれにしても。

疾走。

速度。

遠む意識の中で、やがて、むすばれそうになる意識を拒否しようとした。

もっと、と、それを望んだわけではなくて。

見えますか?

光沢の線分の群れが眼差しを埋め尽くし、いよいよ増加して行くそれ。

なにが

それらは、やがて眼差しのすべてを白濁させずには置かないのだろうか?

見えますか?

まだ、

いま


降っているのだろうか?


理沙の花の向こうに。


雪。


窓の外の。


寒い?


問いかけようとした、その。


だれに?


声。


私に?


理沙に。…ねぇ?


「好き?」


光。


拒絶。


集中しかかる、ふたたびその。


しようとする。


抵抗、試みられる、それ。


拒絶、しようと。


もっと。


そう望んだわけでも。


かならずしも。


…見た。


そうではなくて。


光を。


直線。


埋め尽くし…く、そうと。


尽く、そう、と、する。


その。


光は。


まどろんで、拡散してしまおうとする意識に抵抗しようとしながら私はただただあがないようもなくかたまりあって集中して行こうとしその鮮度をいよいよ高めていくばかりの、…。


意識。


目覚める、…た、ことに。


…花。


目覚めたことに、


花の。


気付いたとき、私は。


「好き?」


私は自分が、不意に、夢を見ていたことに気付いていた。隠しようもなく。疑いもなく。微笑む理沙を見つめながら、見つめられたまま、よく眠れなかった次の日の、一瞬落ち込んでしまった睡魔の空隙のなかに垣間見られた、その。

夢。

花。…だろう。

と。

そう想った。愛し合うだろうと。微笑むしかないかのように、ただ私に微笑をくれ、かすかに斜に傾いた横顔を私に曝した理沙は、私と、愛して、私は、愛する、…し。

し、合う。愛し、合うだろう、と。

そうに違いない。

そうするより他に、ないのだから。

なんども。

途中で、投げ棄てるようにやめて仕舞ったりもしながら。

だから、一日に何度も。想い出されてはやりなおされ。

殆ど最後までいたることなどなくて。

…死。

肉体をなど求めているわけではなくとも、結局はその感情の、痛ましいほどの切実さの、表現あるいは堪能の、それに身を曝すことの実現は、結局は肉体にしか頼れない。

死。…死?むしろ。

不死なるもの。

私は不意に想った。

理沙の指先が、活け上がったばかりの白い花弁の細長いひだひだの花のその白の先端に、触れようとしながらも。

むしろ不死。

死が、生の経験し得ないまったく生とは差異する他なる何かであるというならば。

花の匂い。

誰も、死をなど経験することが出来ないのならば、生はその本質において、死に獲ない。生の限界とは、むしろ不死にすぎない。






Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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