小説 op.5-03《シュニトケ、その色彩》下 ③…オイディプス王
色彩 下
…オイディプス王
Oἰδίπoυς τύραννoς
躊躇いがちなHàが、やがては一気にまくし立てるように、彼女たち双子が乞食の女がダラットĐà Lạt近くの高山の町で抱えていた子どもに他ならないこと、その当時子どもが居なかったHàたち夫妻が譲り受けて帰ってきたこと、その乞食の女は気違いで、探しても意味が無いこと、ダナン市に帰ってきたとき、Tuyệtたちと分け合ったこと。なぜならその頃まだ彼女たちに子どもは居なくて、亡くなった前妻との間に生まれていたÂuはまだ、前妻の家族が引き取っていたままだったのだから、と、それらを一気にまくし立てるHàはある瞬間に、その大きすぎる瞳いっぱいに不意にたまり始めた涙がこぼれようとしてこぼれ堕ちず、あ、と、危ないと思うまでも無い一瞬に流れ落ちた滂沱の涙が真っ白いの肌を伝って濡れさせたMỹの、泣き顔がHàを後悔させた。
彼女たちに告げたことではなく、自分のすべて、自分たちのすべて、自分たちを含む世界のすべてを、彼女は後悔しなければならなかった。Trangのうつむいた眼は、閉じられていたのか開かれていたのかさえ、いま、彼女に覆いかぶさった豊かすぎる彼女の髪の毛が隠した。だが、とHàは言うが、言われる前から誰もが何が言われるのか知っていた。にも関わらずあなたたちは私の娘だと言う彼女の言葉を追想するように誰もが聞き、その意味をそれぞれになぞるが、Âuに実母の記憶など最早なかった。明け方の空気が好きだった。朝誰よりも早く起きた。カフェのシャッターを空け、向こうに明るみ始めた夜の終わりの崩壊の鮮やかさを見い出す。カラテを習っていた。ベトナム人の師範だった。近所の廃屋から拾った崩れたブロックを両手に包んで、Âuは型を演じた。引き伸ばされ、或いは収縮させられた筋肉が褐色の皮膚の下に明らかな筋を描き出し、次第に内側から汗ばみ始める。不安定な廃屋の崩れた壁に爪先立って、ゆっくりと、自虐的な悲鳴を上げそうになるほどゆっくりと、ブロックをつかんだ両手を広げていく。夜は滅びようとしたまま、未だに滅びきれない惨めさを曝す。筋肉が震える。何も辛くも苦しくも無いのだが、筋肉は最早限界の境界線を行き来し始めている。夜の黒さは最早、死に切れない敗残者のむごたらしさに過ぎない。ある一瞬に、決壊した空が光の侵入を許したとき、ななめに差す光に肌を晒す。汗ばみ、殆ど静止した身体の中で、呼吸と筋肉だけが強烈に覚醒している。何も苦痛など与えられていない筋肉が、筋が、骨さえもが、絶望のこえをあげているのを知っている。精神、と呼ばれるべきもの。ともあれ、肉体とは差異するその実在が、肉体を支配していた。最早、肉体は死んでさえしているのではないか。発狂さえしているのではないか。凄馬じい拷問の残酷さを精神だけが、そして自虐的な喜悦の声を漏らし続ける。もっと、ゆっくり。時間が逆行するほどに。夕焼けじみた紅蓮の斑な色彩が空の一部を支配し、夜は滅びた。くらんだ青さが白ずみ乍ら浮かび上がり、ただ息遣うだけの沈黙の中で彼の精神と筋肉は絶望の絶叫を発し続けた。Trangの、耳元でささやく声を聞く。Anh yêu ơi, いたずらのように彼の乳首をつまんで見せて、昼間の執拗な暑さが通風窓越しの光に在る。Anh yêu ơi yêu thể nào ?,彼女の髪の毛の匂いがう雑多いほどにAnh nào ?鼻を衝く。あなたは誰?どうしよう?彼女が言うのを、答えようの無い質問を選んで口走る彼女は、美しい女だった。扇情的な美しさがあった。どちらを愛しているのか、Âu には分からなかった。誰もが彼女たちの誰かとÂu が結婚することを予測していた記憶があった。まるで夫婦のようだと、幼い彼らを、誰かが評した。Mỹが差し伸べた誘惑に彼は手を触れた。キングサイズのベッドルームにThanhと三人で寝て、誰もがまだ子どもだと思っているすきに、彼はすでに十分男だったし、Mỹが自分の女性性を無言のうちに主張していることも知っていた。壊すべき、壊し獲るものが容易に手のひらの上に載っていて、Âuが、自分にしがみついてきた眠ったMỹの身体を抱きしめて、よく知っていたその体温を彼の皮膚自体で感じたときに、手のひらの上の容易に壊し獲るもののあまりの容易さに戸惑った。なんの困難さも無かった。抱きしめるÂuの腕を、目覚めたMỹが振り払おうとするのを彼は拒絶し、逃がしてはならない。彼女が叫び声を上げるかも知れなかった。戯れに立てられた嘘の悲鳴が結局は彼女を追い詰めるに決まっていた。絡みつくような誘惑の眼差しで、Mỹがすでに彼を拘束し続けていたのには気付いていた。Trangはすべてを壊してしまうに違いないと思った。彼と彼女が夫婦になったならば。捨てられた彼女は迷うことなくすべてを壊して仕舞おうとすることが確定されていることが、Âuを怯えさせる。扇情的なだけでうそつきのTrangが。手をふれることを求めるばかりではなく、うそと共生しながら、のばされた手を軽蔑しなければ気がすまない病的なTrangのう雑多さを思い出す。Tシャツを脱がせて上半身だけを裸に剥いたとき、Mỹはた易く降伏する。次の日の朝父と母に彼女はベッドルームを分けることを主張した。キッチンの横のスペースでこれから私は一人だけで寝る。駄々をこねる彼女の狂態に、Âuは彼女の選ばれた者の恍惚を感じた。すべてを彼女はやがて告白してしまうに違いなかった。むしろ、沈黙のうちにさえ、すべてを告白しようとしていた。まだ何も壊していない、壊しきらなければ、たぶん、なにもはぐくむことなどできない。*******************************************************。手を触れられても居ない彼女の両腕が、拘束されたようにその頭の上で組まれて、彼女が彼に身を曝しているのは知ってる。目を閉じているうちに、彼が自分の、彼が夢にまで見ていたのでなければならない美しい体を舐めるように凝視するのを彼女が求めているのをÂuは知った。Trangが腕で目隠しをしたままに、手のひらが拘束したMỹの指が彼女の指を、そして時に手のひらをなぜ、もがくが、昼下がりの淡い光の中に、ベッドルームの湿気が彼女の皮膚を汗ばませた。******************************************************************************************************************。Âuが彼女を抱いたことはすでに知っていた。Trangのほうが先に彼に抱かれるはずだった。彼がTrangを求めていたことは誰もが知っていた。どこにでも彼のいじましい眼差しが、この家屋に打ち捨てられていた。Âuが自分以外の女を愛することなどできないことをTrangは知っていた。Trangが美しく、誰もが彼女を求めてやまない羨望と争いの対象に他ならないことは、Âuや、Đạtダットや、Lợiロイや、誰かが教えた。それらの無数の眼差しの意味を、何も触れないままに暴力的に彼女の両目を見開かせ、気付いた瞬間に、彼女は自分がそれまで何も知らなかったことを知った。自分の美しささえ。匂うような自分の美しさそれ自体に窒息しそうだった。自分を哀れんだ。鏡に映った美しい女を、埋葬してやる必要があった。悲劇そのものがそこに映っていた。なにも救うことができなかった。せめて、誰よりも、何ものよりも美しく化粧し、色執ってやらなければ、あまりにも悲惨だった。Mỹ に触れてしまったÂuの伏目勝ちに自分を避ける眼差しが、彼の敗北を明示した。Trangは彼に自分を与えるべきだったが、そのすべはなかった。瞬く。瞬きの連続の中に視界をつなぐ。光が与えた色彩の、それらの束なりが暗示した形態が、世界だと言うことには気付いている。見詰め、その只中にくちゃくちゃにつながりあって存在しながら、彼女はそれらを見ている。世界は私を生み出すために生まれたのだろうか?それとも、世界が私を見詰め獲るように、せめても哀れんだ私の優しさが世界を生んだのだろうか?自分の美しさの悲惨さにすでに自分が敗北したことを知る。何ものも救われようがない。母親に罵られながら、庭に生えた雑草に水をやる。無数の小さな花弁が蝶を舞わせた。妄想としていつか、まだ九つか十の時からHàが自分の本当の母親ではないという思い込みを模手遊んだ。信じきられたそれが時にTrangに恐怖を与えさえし、Hàへの媚びた従順さを強制した。彼女に棄てられてしまえば、一人で生きていくのは困難なはずだった。少なくとも十六歳くらいまでの猶予が必要だった。彼女の告白を聞きながら、泣きじゃくるTrangが寧ろすでに知っていた頃が事実だったことへの追認に、どうしようもなく梃子摺っていることさえ知らない歯痒さがいっそう彼女を泣かせた。塀裏の庭の一片を雑草が包み、水浸しになった周囲の土が蒸れて、蒸発する水の泥にまみれた臭気が鼻を打った。舞い上がった湿気が皮膚を押し上げるように足元から湧き上がって、Trangに激しい後悔を与えた。Âuは父親に与えられたバイクに乗った。Uyênウィンの見舞いに行った。十五歳の誕生日には未だ間があった。MỹもTrangもまだ彼の体を知らなかった。そればかりか、誰も。Khoaコアと待ち合わせて病院に行くと、その敷地に入った瞬間に気分が重くなった。Uyênはおそらくは助からないほうが幸せかもしれなかった。彼は二つ年上の友人だった。太って、眼がねをかけ、趣味のように外国語を勉強した。英語とフランス語が話せた。日本語と韓国語を勉強していた。死んだほうがいいと言ったのはKhoaだった。つい二日前に見舞いに行ったばかりだった。その時Khoaが垣間見た彼の状態がひどかったことは昨日聞いた。まだ幼い頃にダラットから転居してきたÂuにとって家族は多いわけではなく、彼はいまだほとんど死に、じかには触れたことが無かった。話すKhoaの話の内容を殆ど聞き取ることも無く見舞いに行こう、とÂuは言った。Khoaが行きたがっていないことは承知していた。一人で行く気にはなれなかった。交通事故にあったUyênが助かるかどうか医者にさえ分からなかった。集中治療室のでたらめにぶら下げられたチューブと点滴と呼吸器がその身体の生命活動をかろうじて維持していた。右腕はどこかへ千切れて仕舞った。残骸はあったが、大型トラックに踏み潰されたそれはアスファルトを汚した有機体の塊り以上のものとしては残存しなかった。頭蓋骨が陥没して、脳の損傷の程度はまだはっきりと分からなかった。顎が砕けて、そこに、それは痕跡としてさえ存在しできなかった。数え切れない内臓疾患と内出血で、非常に困難な状況をぐるぐる巻きの包帯が縛り付けていた。生き残るとは思えない、とKhoaは言い、いずれにせよ、彼らの友人だったあのUyênがあのままに帰ってくる事はありえなかった。何か違った、彼らの知らないUyênが生まれようとしていた。病室の中までには入れなかった。うめき声が聞こえた。Khoaが茫然とした表情をした。それはKhoaがまだ知らない風景だった。意識も無く沈黙したまま真っ白い包帯だらけのUyênは、そこに居なかった。隔離されたついたての向こうで、Uyênに違いない男が喉からうめき声のような低い音声を立て続けていた。それを、まるで穢らしい地獄の世界から洩れてきた音のように錯覚した一瞬の後、それはただの音だ、とÂuは気付いた。Âuは声と音との違いをはっきりと自覚した。それは肉体が立てた音ではあっても声ではない。Khoaが恐怖さえしているのは知っていた。彼の表情は固まったまま、心が折れたような無表情さを曝した。Âuは目を細めた。衝立ての向こうから出てきたUyênの父親が、微笑むことも無く彼らの手を交互に握手に取った。母親は衝立の向こうから出てこなかった。前よりひどくなった、とKhoaは病院を出たときに言った。前は白い包帯の覆わない一部から覗いたUyênの、日に灼けた黒さとは明らかに違う土色の皮膚がKhoaに、自分自身とのどうしようもない差異を突きつけた。うめき声は無かった。生まれてきたことそのものを後悔していた。Uyênは叫ぶことできないままに、はやく、今すぐ楽にしてくれと泣いていた。その声の凄絶さが、Khoaの胸を締め付けた。一ヵ月後になって、やっとUyênは死んだ。口籠ったKhoaが電話越しに、死んだよ、と言ったとき、Âuは耳を疑った。ベッドの上で通風窓から差し込む日差しを見やり、誰が?彼は思った。何が?どうして?いつ?いくつもの疑問符だけが明滅し、何も言わない口籠ったKhoaの鼻を近付けすぎた息遣いのノイズの無効に、Uyênのあの音声を想起した。Uyên?と言ったとき、それでもないも答えない向こう側の沈黙に、Âu はUyênのために少しでも祈ってやらなければならない気がしたが、Trangは彼のそれから顔を離して、******押し込もうとする。Âuは身をもがくようにして、彼の体の上で*********Trangの体を支えてやり、***********Trangは苦戦した。手を添え、身をよじり、尻を浮かせ、Uyênがいつ死んだのか知りたかった。大型トラックと正面衝突した瞬間に死んでしまっていたのか、次第に命は削られながらÂuがあったときにはすでに死んでいたのか、それとも、あれから一度も見舞わなかった日数の、どこかの瞬間に彼が死に触れて消滅した一瞬があったのか、それとも、生命維持装置が外された瞬間に、本当に、単純に死んでしまっただけなのか。
彼の横ですがりつくようにして眠っているMỹに話したとき、彼女は耳を塞いだ。TrangはUyênの存在さえ知らない。何から教えればいいのか、気が遠くなる気がした。一緒に上った山の小川の水の流れのきらめきか。それを一瞬にして澱ませる近所の飲料水工場の排水の暴力的な濁硫か。授業中の居眠りか、居眠りするUyênの頭の向こうに見た樹木の葉々の逆光の煌きか。悪いことなど何一つしなかった。雪崩落ちて鼻先をくすぐるTrangの髪の毛の匂いを嗅ぐ。Thanhはカフェでスマホのゲームをしてるに違いない。Trangに彼らが本当の両親ではないことを悟らせたのは彼の知性の欠如だった。彼らは何も知らなかった。彼女が知っている、この世界の美しさも、悲惨さも、絶望的な卑小さも無慈悲な永遠の大きさも、何も知らない彼らが彼女をなど生み獲るわけが無かった。彼らに育てられながら、彼らの卑劣な愚劣さを笑い、いつくしんだ。彼らは、彼女に愛されることだけを求めていた。学校が終わっても家に帰る気がしなかったÂuはいつだったかバイクで海辺を走った。Uyênはまだ生きていた。学校で彼とじゃれあって別れ、Uyênは塾に急いだ。海辺の外国人観光客用のカフェにNgọcゴックたちがいることは知っていた。その、外壁のすべてが嫌味なほどに白いカフェにバイクを止めてNgọcたちを探した。貧しく学校にも通わずに建築の仕事をしているNgọc は車の免許を取ろうとしていた。観光都市だったから、大型免許があればそれなりの給与にありつけた。十八歳のNgọc は彼の兄貴分だったが、家族の誰からも厭われた。外国人たちのように頭の良くない女たちをはべらして、Ngọc はいつもÂu にビールを飲ませた。手を振るNgọc に笑いかけながら手を振り返す前にÂu は視界の端に映った、店前の地面にしゃがんで煙草をふかしている男の猫背に目を留めた。それは一瞬彼を不快にしたが、Âu は久しぶりに会ったNgọc が差し出した煙草を咥えて、吸った。Hiềnヒエンという名前だった。猫背の男は、煙草を投げ捨ててもみ消し、奥に入ろうとしたhiềnを、Âuは呼び止めた。目線があった一瞬のあと、お互いに、交わった視線を後悔しながら、無意味な戸惑いとためらいを噛み潰そうとした。Hiềnが名前を聞いた。Âuは自分の名前を答えた。刺青だけらのNgọcの左腕が饒舌なジェスチャーを繰り返しながら、彼の隣の女は聞きもせずにスマホをいじった。Ngọcの笑い声を聞いた。背後に、奥に入っていく男をÂuは見向きもしなかった。Ngọc のつれていた女はダナンに一人で住んで居た。旅行会社の事務員をしているといった。Ngọc の話し相手になってやる律儀なÂu に、不意に眼を上げ、目が合った瞬間に微笑みかけたが、何も言わないままに眼を逸らし、それから二度と彼に目線を交わらせることは無かった。Uyênの葬儀に日に、その女も来た。親戚だったのかも知れなかった。Hiếuヒューという彼女の名前はその時に知った。老婆が彼女をそう呼んでいたのを、一瞬耳にした。不埒さを押し隠して、彼女は従順にテーブルの端に座って、何をするでもなく時間を潰していた。太鼓と銅鑼が鳴った。Uyênの家の庭を押し茂ったつたの葉が日陰に覆い隠し、歩道に留められた無数のバイクがその向こうで朝の日にさされていた。Âuのよく知っている幼い妹のHảoハオが、彼の名前の知らない男の子を追いかけて転んだ。彼には見向きもしなかった。両親は沈黙したまま、悲しげな風をさえ見せなかった。悲しまれるべき時間はすでに消費され尽くしていたのかも知れなかった。来るのが遅かった気がした。なにもかも手遅れだった。泣き叫んでいたのは三十代の大柄な男だった。Dungユンが、あの男がUyênを轢き殺したんだとÂuに告げた。ÂuとDungは庭のテーブルに座って、Âuはテーブルの上に用意された水を飲んだ。どうしようもなく喉が渇いていた。Dungに勧めると、それが礼儀にかなわない行為であるかのような咎目立てる眼差しに拒否され、Âuは自分の子どもらしさを恥じた。Uyênを轢いた男はまさに彼が悲劇の中心に居るように泣き叫び続け、Âuの隣の男は地面に鼻をかんだ。目線があったとき、彼はÂuとDungを交互に見て笑い、何歳だ?彼が言うのを、一瞬、場違いな言葉に思った。60歳近い男だった。遅れてTrangのMỹをうしろに乗せたバイクがついて、振り向いて彼は手を振った。Trangのバイクの音を覚えていることに気付いた。よく葬儀の場所に似合うことが意外だった。双子のような、と、誰もがうわさした双子の姉妹は、美しく、清楚に、棺の周囲を彩った純白の花々のように、訣別のただ純粋な悲しみをだけ披露した。やめたほうがいい、と一瞬思ったときには、二人は奥の、Uyênの棺に覗き込んでいた。言葉を失った表情を曝して、ややあって、付き添っていたUyênの母に両脇からしがみついて、彼女に言葉を重ねた。何を言っているのかは聞き取れなかった。不意にMỹの背後の今日は暗くふけて見えるUyênの父親が泣き出し、嗚咽の声さえ聞こえた。泣きじゃくったTrangとMỹにもまれながら、Uyênの母親は彼女たちの頭を撫ぜてやり、どうだった?と言ったÂuに、綺麗だった、とMỹは答えた。二人の少女を、KhoaとÂuはテーブルを囲み、KhoaにUyênの死に顔を見る勇気は無かった。Khoaはまるで彼女たちを誘惑しようとするかのように、水を汲んでやって、奉仕した。繊細な男だった。神経質に、伏目がちな眉を常に上下させた。死に顔くらい見ればよかったとÂuは思った。テーブルの上にしかれた白いシーツを葉々から漏れ出した光が斑に差す。
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