小説 op.5-02《シュニトケ、その色彩》上 ②…破壊する、と、彼女は言う。



最初に断っておくと、

一時期公表するのはやめておこうかなと想っていたものなので、

結構、激しい小説です。最初に、倫理も何もかも崩壊した場所から始めようとしたのです。

ですから、かなりダークと言うか、どす黒い始まりかたをします。

なにもかもが崩壊したところから、倫理が生成して行くのを、見ようと思ったのです。

いま、アップしているのは第一部、です。

第二部のほうで、その倫理の構築が始まるはずです。

作品にはさまざまな人物が出てきます。

右翼の外国人だとか、退廃の権化のような女とか、いわゆる男装の麗人とか。

もっとも、それらが自分勝手に展開してしまって、一時収拾不能になって、最近まで書くのをやめていました。

最近、ふと、これは自分の《自由への道》を書きたいんだな、と、そう想ってから、また、書き始めるようになったのでした。

《シュニトケ、その色彩 -上-》は、原稿用紙換算で、だいたい90枚程度のものになります。


2018.06.07 Seno-Le Masaki








シュニトケ、その色彩








いくつもの欲望。扇情的なほどに魅力的だったに違いない私が晒されたさまざまな眼差しを最早想起などできないが、私は覚えてはいた。なぜ由美子を抱いたのだろう?女など、

…女など、彼女に抱かれながら、愛したこともなかったのに。その体温を皮膚に移した。どう? 由紀子の声を聞き、…かな?、Trang に手を引かれて行った Thanh の家。…ね。どう? それはあまりにも残酷な現場だった。…ん、と、そして由美子の指先は …感じる? 唇に初めてふれた。十七歳の少年が庭の果物の木の枝に座り込んで死んでいた。どんな感じ、する? 女性に初めてふれられた唇がその指先を咥えようとして、…ここ? 首を切っていたのだった。彼女の息遣う音声を、自殺に違いなかった。…いい? 聞く。耳元で。四十二歳の男が部屋の真ん中で …好き? 頭を割られていた。小さく固まった乳首を舌先ではじいて見せて、体中の無数の刺し傷から流れた血が、こういうの、そして 好き? 笑った息遣いがした。由美子の、そして床は血に濡れていた。御影石の緑色のタイル。教えて。女にするように私の胸をもみしだいて、三十九歳の女が傍らで…ね。うつぶせに倒れ、「やめろよ」女じゃないよ。発されないままにその言葉が中断したのは、首から血を流していた。由美子のせいだった。傷はそこだけだった。彼女がすぐに私の唇を塞いだ。「感じる?」









…え?

「感じてる?」

なにを?その声。やわかいソプラノ。奥のベッドルームで十六歳の少女が肌を晒して死んでいた。女の身体。あからさまの女の身体がわたしの仰向けの身体に覆いかぶさって、やがて私の勃起している性器を指先でつかんで見せるが、刃物が彼女の傍らに放置されていた。その指先が性器のかたちをなぞって見せたとき、血に濡れて、自殺なのか、笑った気がした。他殺なのか?それは判断できないままに、笑われた気がして、身を起こしかけた私を制して、由美子が本当に声を立てて笑った。

…かわいいの。すっごい、かわいい。

由美子が言った声を聞く。強姦された気がした。出来損ないの毛布のように覆いかぶさった彼女の身体をその下から突き上げて、なんか、まーくん、彼女は自分で尻さえ振らない。かわいいの。言葉で命じられるわけでもなくて、すっごい、かわいくてさ。彼女が何を求めているのかには気付いていた。…すき。耳元に言われ、由美子の一人暮らしの部屋は広かった。与えながら強姦される。あ、と言いそうになった、その口は開かれたままに言葉を失って、そのまま停滞し、私は Trang を抱き寄せながら、私の胸元で崩された唇の形は、Trang は閉じた口に奥歯をかんだ。悲惨な現場だった。警察は未だ来ていなかった。Thanh はどこにもいなかった。Thanh の、Trang の家からすぐ近くの小さな家の中の惨劇。Thnah 以外の家族は皆、それは、殺されたのか、自分たちで死んでしまったのか、どうしようもない悲痛さだけが空間を支配して、いずれにしても彼らは死んでいた。樹木の上の Âu アウ の野ざらしの死体は家を出た瞬間に私たちの眼に触れた。Trang が息を飲んだのに気付いた。小柄な彼女は私を見上げて何か言ったが、聞き取らないままに喉の奥に苦い味を感じた。引き返せない場所に行く実感があったが、それは他人の悲劇に過ぎなかった。開け放たれたシャッターを通り抜けて、そのカフェ・スペースの奥の小汚いダイニングスペース。日本製の古いブラウン管テレビがあった。店には LG の新しいデジタルテレビが飾ってあったのに。それでいつもサッカーの試合を流した。Thiên ティエン はカフェの客とよく一緒に見ていたが、私も客の一人だった。太った大柄なThiên の腕は太いだけで実用性を欠き、細い私の腕に劣ることを、日本政府とベトナム政府の財政状況の違いのせいにして笑ったが無数の刺し傷。仰向けで、天井に向けられた眼は開かれたまま時間が停止している。無機物の眼差しがあった。妻の Tuyết トゥイエット がひざまづくようにうなだれ、額を床につけて死んでいた。とても、と Trang が言いかけ、言葉を捜し、I can’t believe,... 彼女の悲惨な ...ai なまりが...cảm 耳を...vì なぜる ...live。 悲鳴さえ ...アイ 立てられない。...カン 二階の ...ヴィ ベッドルームの ...リブ 死体にはまだ出会わない前に、Hà ハー と言う名の四十を超えた女が Trang にすがるように彼女を抱いた。何か耳元に大声で口走りながら。それは Trang の母親だった。一瞬、何を言ったのだろう、と、遅れて私は訝り、不意に、本当に Trang は信じられないと言ったのだろうか?確認する隙さえなく、そして Trang と Hà はいつか抱き合ったままで泣いていた。警察が来ているはずもなかった。Hà はまだ連絡さえしていなかった。いつものように夫のためのコーヒーをもらいに彼らの家に行ったに違いなかった。開け放たれたシャッターの向こうに見つけ出した風景に Hà は言葉を失ったのだが、Thanh は?私の言葉に Trang が首を振り、Mỹ ミー も不在だった。私は彼女たちをそのままに二階への極端に急な階段を上がり、置き捨てられた荷物をまたいで、ドアもない二階の二つの部屋の片方に Mỹ を見つける。そのベッドの上に、白い肌を曝していた。一瞬、私は、私の喉が息を詰めた音を立てたのを、聞く。終わった後、由美子の背中の肌を撫ぜてやり乍ら、自分を陵辱し果てた人間がなすべき当然の優しさとして、彼女がその愛撫を受け入れていたのは知っている。後悔だけが残った。なぜ女なんか、と、私は思い、彼女の湿気のある温度を発散させ続けるそれの触感を皮膚の上に感じたが、その体重と共に、白人のように白い Mỹ の肌がすべてむき出しのままに、広い部屋の中の二つのキングサイズ・ベッドの一つに横たわっている。百合の花を胸元に抱かされて。Mỹ、美しい[Mỹ]という名の、Mỹ。それとも、自殺したのだろうか?裂かれた首から流れた血が薄汚れて黄ばんだ白いシーツを黒ずませた。渇いてさえいるそれから眼を背けられずに、背後で、小さな悲鳴が立った。Trang だった。振り返るまでもなかった。Trang の気配を嗅ぐ。美しい Mỹ。純白の美しい皮膚の、痩せた、胸と臀部がたっぷり肉付く、まるで**じみた雰囲気のある内気な女。男に対して無数の防御壁をしぐさに構築する、どうしようもなく扱いにくい、カフェの、美人の看板娘。こんにちは、の挨拶さえ、彼女はふしだらな言葉のようにして侮蔑的な眼差しをくれ、男たちは笑って彼女を囃し立てた。いつもの完璧なメイクはなされずに、柔らかに尻をめくらせた唇の真っ赤な口紅さえひかれないまま、素顔をさらした死体の眼は閉じられていた。背後から耳元に、Chị chết không ?  覆い被せるように鳴った Trang の声を振り向き見、死んだの? Trang は最早泣いていなかった。階下に人の気配があるのは、Hà が呼んだその主人がやっと到着したに違いなかった。Duy ユイ、彼らは草食動物のようにつつましい夫婦だった。一人娘の Trang の言いなりになり、十六歳の Trang が連れ込んだ外国人にも優しげで理解し獲ず容認し獲ないことまですべてを理解し容認しなければ気がすまない、二人。ベトナムにおいても犯罪行為であるに過ぎない不愉快な関係が自分たちの至近距離で続けられ手いるにも拘らず、彼らがくれた単なる優しさの集積は、ちちとははわあなたをすきです。Trang が言った。いつかの死者のためのパーティのときに、にほんじんはいいですからすきです。ちちとはははいいます。すべて、こじつけられた容認。いとしい一人娘の暴力的な欲望。いつ日本に帰って仕舞い、捨てられ、省みられなくなるかも知れず、そして彼らのうち誰一人として、そうならないことなど予測していないはずだった。「犯罪です」笑って、Bảo バオ は言った。ベトナム法人の重役だったが、まだ若かった。工場用地買収の実務はすべて彼がこなしたようなものだった。「でも、いいです。と、わたしは思います。」山間部の少数民族出身のかれは、「Ma さんは、いい人ですから」笑い乍らいい、美しいところです。言った。わたしが生まれた高い山の町は。「Ma さんは、」素敵です。「幸せですか?」訪れた Trang の家で、夫婦に接待を受けながら Bảo の少し酔った息が鼻にかかる。「幸せ?」









「ええ。」

「本当ですか?」

「しあわせですよ」…そうですね。わたしに注がれるビールを、Anh, 拒絶して見せて、anh Ma nhiều qúa....「奥さんはかわいいですから。Ma さんはしあわせです」本気なのだろうか?もう、多すぎます。注がないでください、飲みすぎました、言いながら、許された関係。他人事として Bảo は容認して、夫婦たちは娘の暴力的なまでに容赦ない眼差しに容認させられた。いきます、と、傍らの Trang が言うのを、茫然とした眼差しで見つめ、どこへ?「いきます。はしります…うちへ。いきます。Ma は…」chạy,… わたしは言った。…なに? Trang のしわをよせた眉間を、 chạy đi ?  逃げろ、…って? 指先でほぐしてやると、em có phải nói 彼女はくすぐったそうに笑みそうになるが、anh phải chạy nhà không ?  逃げなさいって、…言いましたか?「ほんきです」作られた Trang の怒った顔に Anh à, … Ma, anh à... 指先がふれ、聞いた。Ma cho em chết. 彼女の声。…なに?と、そう言った瞬間に笑ってしまったのを、Trang はもはやとがめもせずに、私を殺してください、と言ったのか、背中を押される。Nhanh, Nhanh 私を死なせてください、と言ったのか、何なのか、死を、私にください、と? 十六歳の少女にとって、Anh nhanh đi, 混乱に満ちた状況が、彼女の 急いで、急いで、 細かな思考をむしろより混乱させたために、より細やかに研ぎ澄まされたのかもしれなかった。nhanh đi 早く。急いで、ここから出て行ってください。たしかに、そうに違いない。警察が来たときに、外国人がいることは、良いことではなかった。Trang は私を守らなければならなかった。せっつかれて階段を下りながら、背後の、Trang に双子のように似ている少女に弔いの言葉の一つさえ、心の中だけですらも捧がなかったことに気付くが、私が泣かなかったのは何故だったろう?たった一人の妹が死んでしまったときにさえも。交通事故で轢き裂かれた8歳の少女の身体。トラックのタイヤの幅のいくつ分かしかないその背丈がやっと残した死体の断片。柾也、と、私の名を まさや、呼んで、...Ma、彼女は言った。「きをつけてください」Trang の背後からの眼差しは貴方が、と、「泣いていいのよ」母は言った。心配です、と言う。泣きそうな Trang の「泣きたいなら、」顔を見て、「泣いていいのよ。」我慢しないで、と言った母は何度も泣いた後だった。だいじょうぶだよ。私が Không sao 言ったときに、何故、そんな ...có sao 顔をするの? 思い、私は母の、 anh không không sao. なじるような Trang の顔に笑いかけた。なんで?、…ねぇ、心配でしかたないのよ。そんな顔するの?同性愛者では決してない Trang と Mỹ の、あけすけに同性愛を暗示するふしだらなほどの抱擁は私にときに嫉妬に近いじれた歯がゆさを感じさせたものだった。こんにちは、の代わりに絡められる二つの腕は、にも拘らず必ずしも愛も性欲も媒介せずに戯れられただけにすぎず、由美子の乳房に顔をうずめて、それは彼女が望んだことだった。腕に抱いて、胸にわたしの顔を押し付けて、「感じる?」

「なにを?」鼓動を? Trang は「聞こえる?」 Mỹ の髪の毛を編んでやり乍ら、不意に私に流し目をくれ、その指先がつかんだ脱色されたブラウンの頭髪の匂いを嗅ぐ。Thối

くさいっ

quá 、と、自分の といわー 頭の上にたった Trang の笑い声に派手に唇を曲げて、彼女の体を抱きしめようとした Mỹ は Xấu ! xấu ! xấu !… 指をさしてなじる。ひどいやつ、…じゃない?…ね?…でしょう? 笑い転げるように Trang は身を さーお、さーお、さーお。かわし続け、…ね? 私は泣けなかった。母親に泣くことを許されながら、彼女は誰に泣くことを許したのだろう?それは、明らかに私にではなかったが、そうじゃない。思った。だから、泣けないんじゃない。うつむいて、悲しそうな顔をする努力をし乍ら、わたしはひたすら暗い、明晰な怖さに咬みつかれている気がした。ここにいるんだよ。…と、母は胸を指し、麻実は、ここに、と、誰を慰めようとしたのか。母は、自分以外の誰を?ある。目の前に、暗い、どうしようもなく陰惨で破壊的な力の結果があった。誰も死に顔の確認さえしようとはしなかった。それは、やさしい悲しみを恐怖の匕首で陵辱する行為だった。あの傷ついた顔を晒すなんて、と、思う。Tuyết を仰向けに寝かせてやろうとする Hà の行為を見た時に、そして正面の道端で Duy は煙草を吸い乍ら、警察が来るのを待った。集まった近所の人間たちが彼の周囲で噂話をし、女が一人、中に入って言った。六十代の、足を悪くした女、引きずるように歩き乍ら、Thiên たちは家族でカフェを経営していた。電気工の Thiên はたまに仕事でどこかに出掛けたが、基本的に家にいた。縦に長い、細長く切りすぎたケーキのような狭い家だった。Thanh はいつも Trang にもてあそばれるように遊んでもらっていた。子どもの頃からずっとそうだったのだろう、愛玩動物をかわいがるという名目で、虐待の果てに死なせて仕舞うような無残なかわいがりかたで、あっちを向け、と Trang が言ったに違いない。不安げに向こうを向き続ける Thanh の後頭部に輪ゴムにを飛ばして笑い、私も笑っていた。Duy たち夫婦も。晴れた日差しがすぐそこの影で尽きて、私の足にはふれていない。しあわせ?言う。藤井加奈子という名の女が、「しあわせですか?」なんで? Thnah は体中で媚びるように崩れた笑顔をさらしたが、「しあわせかなって」どうしたの?奇妙な幸福感に満たされていた。もう幼くはない Thnah は、Trang にいたぶられるたびに、「私なんかといて、幸せなのかなって、思ったりして」じゃ、なかったら、

…え? と言って、私を覗き込んだ加奈子の向こうに、「別れていいの?」背後の日差しが「幸せじゃなかったら」照り返した反射が直接眼に触れる。「駄目です」

「じゃ、意味ないじゃん。」

「ありますよ」

「なんで?」

「あるから。」口説いていいんですよ、「幸せじゃなくても、」私だけを、貴方だけが、と、「いつか」女たちはいつも眼差しで私に伝えた。「幸せになれるから。」たとえ彼女が「てか、するから、…ね。わたし。」誰かの女だという現状を抱えていても、「だから、意味、」彼女たちは常に私だけに「あるの。」許可した。わかってくれますか? 暗示され続ける身体的な言葉。貴方だけがいま、私を自分のものにできます。体臭さえともなって。生存様式。どんな? 線を越えること。好きだったわけでもない由美子に触れたとき、私は自分が線を踏み越えようとしていることを自覚していた。た易いこと。彼女たちが投げかける蜘蛛の巣のような眼差しにふと、触れてやればよかった。彼女たちはすぐに、自分が堕し獲得された獲物に堕ちた。わずかに体臭を変質させ乍ら。指先で蜘蛛の糸をはじいてみる。女さえも愛してみること。ふれてみること。美しいかも知れなかった。女さえも。わたしにとって、由美子は穢い女だった。媚びと諂いでできたような、「感じますか?」





Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

0コメント

  • 1000 / 1000