小説《花々の散乱》③…きみの、想い出。







Quartet








花々の散乱









例えば

潤んだ眼差しがわたしを捉え、嫉妬したチャンが机を叩いた。カフェの、アルミ製の丸いテーブルが音を立て、「…変態。」

あの。例えば、

ね?言った、チャンは、そしてわたしはその日本語のなまりを聞く。ベトナム人の女はみんな変態だから。チャンは言って、

あの、

わたしが笑った意味にさえ気付かずに、…じゃ、チャンも?…じゃない?

海が

「違う。」それはちがいます。

干上がろうとする前に

「どうして?」それわちがいまっ

滅びかけた

私は違いますけど、わたしわちがいまっけじょ ベトナム人の女はみんな変態です。気をつけてください。









ふてくされた、わたしをなじる顔を曝して、

壊れかけの

小さく立てた舌打ちが、いつも、チャンは嗅ぐ。わたしを抱くときに、わたしに抱かれるときに、いつも、体臭。

太陽に

愛するものの存在を確認する。動物的な、確認される。容赦のない、自分の 野蛮な、存在さえ、いじましい、含めて、繊細な、チャンは、その仕草に 確認した。わたしは身を曝した。

飲み込まれて仕舞う前に

愛された自分、および愛した自分、および、愛される自分、および、愛する自分、および、そしてそれらを現在のうちに。

焼き尽くされる直前にさえも

嗅ぎ取られた。何が?わたしの存在理由が。あるいは。

痩せたチャンの褐色の肌。寄せられた唇の、かすかな口臭を嗅いだ。

海さえも

世界はまだ滅びてはいない。いまもなお。

…なぜ?

焼き尽くされて仕舞う

理沙が目覚めないように頭を撫ぜて、髪の毛の触感。それらが手のひらに、…指。

その前に

なぜる。その。指先。

いつか

唇をふれた。

僕たちは

ときに、そっと。

見いださなければならない

笑い、…なんで?

僕たちの

無視されたわたしの問いかけはそのままに、…なに?

風景を

眼差し。彼女はまばたく。

記憶の中にさえ

どうして?

残りはしないものの

僕を視線に捉えたままに。

誰も

沈黙と同じ強度で、僕たちは饒舌になる。その、無効性をすでに気付き果てながら、セックスさえ、すでに、意味を失う。

記憶しようとさえしない

無意味な交配。重なり合うこと。子どもを作りあいたいわけでもなく、何かが確認できるわけでもないことさえ、すでになんども感づかれていながら、僕は気付いたものだった。

その

理沙がわざと立てた声の向うに見た彼女の風景に。

君の

光。点在する、夜の空間の光。

伸ばされた腕に

光。瞬き、チャン、匂いを嗅ぎ続けるチャン。なにが欲しいの? あなたの わたしの。なにが欲しいの? なにが? わたしは。

光が差した

女たちが、わたしを目で追った。そのたびに、チャンはこれ見よがしに身を寄せて、「いつ、結婚しますか?」

斜めに

「誰が?」

「わたしと、…」

「まだ早いよ」

「日本へ帰りますか?」日本へ。一人で帰って仕舞いますね。さようなら。もう会いませんね?サイゴンの外れの、砂埃にまみれた路面。

窓越しの陽光に

低層家屋のつらなり。

僕は

クンクリート造の。トタン屋根が

まばたく

錆びる。

聞いた

「母親、殺そうとしたこと、あんの」と、理沙が

露店のブンと言う麵料理の店で

言った。「だれが?」

チャンが豚肉の骨を

「決まってんじゃん…」

しゃぶった。骨ごとぶち込まれた

「お前?」

豚肉。指を舐めながら、その時、不意に

「他にいんの?」

チャンの唇でたった、じゅるっ、

「いない」

と、いう音に、わたしは一瞬注意をそらされ…え?

「でしょ?」

聞き逃してしまったチャンの言葉を

「なんで?」

聞き返す。もう一度、…何ですか?じゅるっ、と

「忘れた」

チャンの唇は音を立て、何か?

「ばか」

何か、ありましたか?いきなり、噴き出して

「怒った?」

笑って仕舞ったわたしを、むしろ

「だったら話すなって」

咎めるような眼差しを…ねぇ、

「てか、嫌いだったから」

どうしたの?不安を隠して、どうすぃまったか。わたしに

「だれが?」

くれ続けるチャンのその

「俺。」

行き場のない、行き止まりの表情が

「…だれ?」

さらにわたしを笑わせ、…何が、

「母親」

あったの?ごめん、言った。わたしは…何が

「そっか」

起こったの?「愛してるよ」…え?

「首絞めたんだよ。俺」

わたしの言葉に耳を疑い、チャンは

「マジ?」

…何?…ねぇ、何?

「後から。」…なんか、と、言った。理沙は、後ろから見てたらさ、と、いかにもか弱げなって、あるじゃん?そういうの。そういう、…なに?風情?感じ、みたいな?そういうの。なんか、…さ、触りたくなった。で、締めたくなった。殺したいわけじゃなくて。触って、締めたいの。…なに?壊れてんのかな?俺の頭。


「やっと気付いた?」…ばか、と、お前、殺されたい?声を立てて笑い、理沙は、そして僕は見詰めた。おもしろくもないのに笑い転げてみせる理沙。ベッドの上の、終わったばかりの体に、もうすぐ午前十一時になる、カーテン越しの日が当たる。その、それを。

聞いた

「棄てます。」チャンが言った。耳元に、ささやくように早口に、「棄てますね?」…なんで?

ささやかな音

君の、寝息

わたしの声を聞く、「なんで、僕の事が好きですか?」なんで?チャンの眼差しが、なじるように戸惑い、違う。

チャンが咳き込んでしまった

彼女は言っていた。わたしが欲しい言葉はそんな言葉ではありません。

不意の

見る

永遠。

ささやかな

寝返りを打った

陳腐なもの。

大気の乱れ

君の

永遠に、繰り返され続ける、約束された永遠。誓われ続け、日差しに灼かれるアスファルトが照る。

腕の上に

白く、滅びて行く。老いさらばえ、わたしだけが。

静止した光

滅びてしまいたい。いますぐに。

その温度。僕が

手を伸ばしたら、空の青の向うにまで手が届きそうな。

感じはしなかった

その、色彩の消滅した黒さに。

その

空。

温度

熱帯の日差し。

あたたかな

空が美しく晴れているとき、どうして? 怒りに駆られる。どうして、なにもかにもが、こんなにも、なぜ、いま、こんなにももろく、もはや 無骨で、絶望的なほどに 理不尽なまでに図太く、美しいのか。そして 儚いのか。

僕は

言葉を なんの正当性すらない。失った。

ただ








壊してしまいたい。あるいは、

悲しい

壊されてしまいたい。理沙。

ただ

飛び立つ事。

たんなる

ビルの屋上から。

世界そのものさえ一瞬にして崩壊して仕舞いそうな悲しみ

敵だらけ女だった。

客さえも。ときに。

どうして?

客に(…八木沼。)クスリのカクテルを飲まされて、体内に薬をすり込まされる。覚醒剤。単なるセックスのための道具。

声さえ、失って行く

衝動?…なぜ。朝の十時に。堕ちて行く足の向こうに見たはずの空。(「死ぬようなことじゃないよな、…」おどつきながら、)

今や

見下ろされた空の逆光の向うに、宇宙には星が。(八木沼は言った。すべてが、わたしは微笑んで、埋葬さえもが「かも、ね。」…そう、終わった かも、な。後で。言った。)

君を

たとえ、(…なぜ?)昼間でも、あの空の青を突き破りさえすれば、星に会えることなど人類の誰もが知っている。

愛するときには





Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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