小説《散り逝く花々のために》③…どうして、あなたを愛したのだろう?

あの時、魅夜美は愛花を本当に殺そうとしたのだった。魅夜美が殴りつけた瞬間に過呼吸の発作を起こした愛花を。いきなり自分の体に覆いかぶさって、えづきながら痙攣し始めた愛花の身体に、寝入り始めたばかりの意識を揺り起こされて、愛花の吐寫物に汚された自分の体がたてる酸味た臭気にも気付かない。










殴った瞬間、愛花は白目を剥いた。一瞬のえびぞりの後、過呼吸にからだをひん曲げる。

魅夜美が舌打したのを、遠む意識のむこうで、はっきりと愛花は知覚していた。さわれるほどの鮮明さで。

自分が腹さえ立てていなかったのを、魅夜美は不思議に思いながら、むしろ、愛すべき、ちいさな、かわいい愛花が四肢を痙攣させて、胸が、激しく壊れそうだ。息遣い続けるのを、壊す。ふらつきながら立ち上がった自分が、壊れる前に。何を探しているのか、壊れそうに、思いつかない魅夜美の視界は壊す。既にビニール袋を見つけている。

血管の中を、薬があたたかな温度を撒き散らしながら、微笑みに満ちたその温度。光をやわらかく発っている気がする。

あたたかい、と、思い出す。止める。息を。

愛花の。

いま。

汗ばんでいるのに、皮膚は冷たい。愛花のそれは。自分のは?…俺の?お前だって、と、魅夜美は皮膚は?思った、冷たいまま抜けてないくせに、発熱した。と、クスリが、まだ。その、血管の中を。

膣口の、柔らかい粘膜の中を。

その、細かな毛細血管の中で、それは同じようにやわらかい光を放つのか?…いとおしい、と思った。

魅夜美は自分が、耐えられずに涙を流していることに気付いていた。自分が立て続けている笑い声が、自分の頭の後ろで聞こえた。同じ光を、と、どうして、お前もこんなにも、感じていたのなら、…ねぇ、と、魅夜美は、いとおしい?その、まじで、光。壊れそう。その、胸が、温度。この、その、胸が。光。

頭からコンビニのビニール袋を被せられて、愛花は自分の二酸化炭素に窒息する。白目を剥いて、のけぞらされた背筋に、死なないで、魅夜美は俺の、もっと、と愛花。思った。もっと、美しい、曲線を。

描け。もっと。


夜中に目を覚ました美沙は、理沙が起きていることに気付いていたから、…ねぇ、心の中でだけ呼んでも、知ってる。姉が振りだけ。自分に寝た振り、気付いてそれだけだってくれるかどうか、もう、試して知ってる。みたのだった。


のた打ち回るような、頭の中で鳴り響いていた呼吸音の無際限に反響する音響が、不意に、あ、…そう、気付く瞬間さえなく、消えうせていたのに気付いたとき、まだ?感じていた。まだ、愛花は生きてる。しずかな息を立て続けるまだ、肺に、死んでない。血の味が…それって、あることを、…なに?執拗で、微かな、鮮明さで。


「なに?」理沙が振り向いたとき、それは3度目に試したときだったが、…ねぇ、どうして?寒い。美沙は外は、思った。雪だから。どうして、今年、わたしの二回目の、心の中、雪だから。見えるの?


「なんで?」魅夜美はつぶやく。…死んだの?と、…ねぇ、魅夜美がおれを、つぶやくひとり、声を残して。聞く。この耳元の冷たくて近さで、悲しくその灰色で体温のそして発熱さえ、綺麗な、空気越しにこの、感じられながら。世界に、…ねぇ。


あの…ね。…ねぇ、…ね。ん。…と、ね?その美沙の声を、「寒い?」言った理沙は、いつものように、聞く。耳元で、理沙は、「寒い?」寝てるから。いつも「の?」寒いから、抱き合って、冬の、「ん、…」理沙。その「…よね。…」寄り添って、寒いから、抱きしめ、「だ、…」温度。姉の、その「…よね。…」温度。…うん。「わかるよ。」と、理沙は言った。












肺に苦さが細かく点在してる。愛花は、肺の毛細血管がはじけて、肺の中に真っ赤な血が細やかな血だまりを無数に点在させているのを想像して、そうかも知れない。本当に、そうかも知れない。想う。ビニール越しに見られる世界は、白く、ただ、白く、自分の呼吸にまみれて湿っけ、そしてときに、緑の線が白濁を切り裂いていた。


「みぃちゃんは、大きくなったら、何になるの?」理沙の胸元に顔をうずめながら、同じだ、「大きくなるの」と、思った。「大きく?」ママと、同じ。「…うん。大人になる」やわらかくて、「なりたい?」あたたかい。「…たぶん。」


悲しみが、鼻の奥に熱を持たせた。魅夜美は自分がわめき散らし続けていることには気付いていたがやめろ。感じていた。ウザいから。ただ、その黙れ。悲しみの温度を。うるさいから。それだけに消えろ。意識を穢いから。集中させようとして壊れろ。薄れる。何もかも。もう、堕ちろ。意識など、地球の保ちようもない。裏側にまで。


美沙が、と思った。理沙は、…たら、いいのに、と、…たら。美沙の頭をなぜ、胸の中に抱いたその乳臭い頭髪の匂いが立って、麻里亜だったら。…たら、このまま、羽交い絞めにして、あなたがパパを誘惑した、あの膨らんで穢らしく垂れ下がったあれと同じこれで、あなたの口を、鼻を、顔中をうずめて、窒息させてやれるのに。


死んだ。…と思った。その瞬間に、お前を、殺してやりたくなった。そう、魅夜美は言った。ふたたび、正気づいた愛花が、身を起こして周囲を見回し、いつか、既に視界に映っていた魅夜美の姿を、ようやく見留めたときに。


穢らしい…と、ママ、あの、やさしい、穢いママを寝息。かわいそうなすべてを、ママをいま、すぐに、癒してくれてるよ。いま、美沙の、すぐにその殺してあげられるのにかわいい死にたい?寝息が。…ねぇ、世界の、ママ悲しい、残酷な世界の、わたしのすべてを、ママ。

「なにしてくれたの?…って。」自分をなじる、その「まじ、」声を聞きながら、愛してるよ、って、意識。「なにしてんの?」次第に、言っていいのかな?眠るように遠のいていく、自分の好きだよって、「…って」意識の本当に?こっち側のどうしようもない「おまえ、俺のこと」至近距離で、言っていいのかな?燃え上がっていたのだった。「悲しませたいの?」俺なんかがって、痛みが。時々、蹴りあげられ「…って」つかまれた思ったりするけど、髪の毛が、そして頭部が…生きてられないと思う。床にぶつけられたとき「そういうの、」千切れ飛んではもしも、きみが拡がるり続ける、痛みの「違うでしょって。」急激ないなくなったら。拡散。声さえ「わかる?…」立てられずに?あるいは、生まれてこなければ。もう、「…じゃない?…違うの?」聞き取れないだけ、なのか、と、「違うのかよ」叫ぶ。生まれないまま、きみを、研二は自分が叫んだ瞬間に、喉に走った苦い痛みに顔をしかめた。

繊細で、こまやかな痛み。

久美子は仰向けのまま首だけ持ち上げて、自分の、見た。息遣いを、研二を、聞く。彼はただわたしの。子どものようにわたしだけの。泣いているだけで、流れてるもの。変わらない。あかわらず、思った。血管の中に。この人もかならずしも、子どもに過ぎない。わたしだけのものとはいえない、傷ついた、その、ただのわたしの血。子ども。思わず声を立てて笑った久美子の顔を、振り向き見て、…なぜ?その、まだらに、真っ赤に充血した久美子の顔が、俺のせいだ、思った。俺が、殴ったから。なぜ?

久美子は不思議だった。なぜ、こんなに、なぜ、涙ばかりを、暴力にこんなに、まみれなければならないのか?だれもが、来る日も、来る日も。流すのか?いつ?そんなに暴力から解放されるのか?ありふれたものなら俺は?君がこんな日々など、私が求めてなどいないのに。流した涙は、

無意味だ。…ねぇ。

子どもの泣き声が耳元で鳴っていた。それ、…和晃。部屋の隅、手をのばしても届かないところに、うずくまって。その、彼。…ねぇ、「知ってる?」声を聞いた。

久美子のつぶやく、その声を、「…無意味だよ。」聞く。笑っていた。久美子のその笑顔を、研二は自分が蹴り上げなければならないことを知っていた。

う、と言った気がした。蹴り上げた足の先が顎の触感を感じたときに。誰が?…俺が?久美子がなぜ?失心したとき、立てたこんなに、その暴力が、声を、苦しめるのか?研二は俺を。耳元にいつでも、聞いた、いつも。そのいまも。実感が拭えない。






Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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